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枠にはめ込むと、窮屈で楽しくない

笹川 治伸 ブロードマインドファウンダー兼最高顧問

  • 増田 晶文

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2011年2月4日(金)

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 笹川治伸は、41歳で「ブロードマインド」を立ち上げた。

 この会社は、生命保険や損害保険など40以上の保険会社の商品を扱い、顧客に最適なリスクマネジメントのソリューションを提供する。保険に限らず、貯蓄から投資、税金さらには不動産や相続などファイナンシャルプランニングの提案も行なっている。

 創業からしばらくして、笹川はトライアスロンと巡り合う。それは、起業者同士として肝胆相照らす仲の友人からの誘いだった。

 「トライアスロンというスポーツを通じて、気づいたこと、体得したことはたくさんあります」

 今、49歳の笹川はしみじみと話す。

 「スポーツに無理やりドラマを見つけたり、意義づけする気はありません。だけど、実際に自分の身体を使ってみて気づくことはたくさんあります。しかも、それらが人生やビジネスのあれこれに共通しているからおもしろいんです」

 不惑から知命へと向かう最中で出会ったトライアスロン――笹川はそこから何を感じ、学びとったのだろうか。

 ブロードマインドのファウンダー兼最高顧問である笹川治伸と握手を交わしながら、私は不躾な質問を発した。

 「笹川さんって、あの?」

 彼は「ん?」とばかりに眉を少し動かしたが、笑顔で即答してくれた。

 「祖父は笹川了平といって三男坊、長男が笹川良一です」

 治伸は、屈託とはほど遠い態度で、家族関係をもあけすけに話してくれた。良一という人物には数々の横顔があり、それゆえに毀誉褒貶が激しく、むしろこの国よりも海外での評価が高い。最近は工藤美代子が評伝(『悪名の棺―笹川良一伝』[幻冬舎])を上梓しており、その人物を知る手掛かりとなろう。

 「良一も祖父も、ともに日本の現状と行く末を憂慮していた――それは間違いのないことですね」

笹川 治伸(ささがわ・はるのぶ)
ブロードマインドファウンダー兼最高顧問。1962年大阪生まれ。甲南大学法学部を卒業後、広告代理店などを経て、2002年に生命保険・損害保険・少額短期保険代理店業などを手がけるブロードマインドを設立。

 笹川は神戸で生まれ育った。幼稚園から大学までひと筋という生粋の甲南ボーイだ。甲南大学という学校は関西において、いい意味でも(悪い意味でも?)“おぼっちゃま学校”という認識をされている。彼の、ざっくばらんながら下品に陥らず朗らかな人柄は、血筋や育った環境が大きく寄与しているはずだ。

 偉そうぶらず、泰然と。笹川は、関西ならではの風味というべきか会話や表情の端々におかしみをたたえ、緊張を強いない。鋭角的で聡さを隠そうとしない御仁もいるが、そういう人に比べてぐっと親しみやすい。

 ただし、笹川のようなタイプは韜晦(とうかい)という高級テクニックを備えていることが多々あるだけに、そこを踏まえておくことも肝要だ。小ぶりのナイフで何度も斬りこまれるより、大きなハンマーを一振りされたほうが、よっぽど破壊力がある。

負けん気で人生に立ち向かう姿勢

 笹川は、起業家たちで結成された「トライアスロン・ボーイズ」の最も初期のメンバーだ。

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