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第2話「裁判がはじまっておたがい消耗しあい、どこにいきつくと思う?」

2011年2月14日(月)

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 「あの男はフェニックス、不死鳥だ」

 そういわれ始めたのは、あの男が営業第三部長とやらになってからのことだ。営業第三部長などといってみても、内外海行の外の人間にはなにもわかりはしない。ただ、社内の人間なら、すぐにピンと来る。

 「ああ、三営ね。あの人もあそこに追いやられちゃったってわけか。これで、あの人のサラリーマン人生も終わりってことだな」

 営業第三部というのは、とっくに流行おくれになってしまったブランドの終戦処理にあたる部門なのだ。
 ブランド・ビジネスといえば、海外に出かけては目ぼしいファッション・ブランドを漁って、なかば騙すようにしてラインセンスをとってくることからはじまる。当たれば儲け、当たらなければ次を探すだけのこと。当たったといったところで、なまじ大当たりになったりすれば、ブランド側がいってくることも決まりきっている。

 「ウチの製品が良いから売れたんだ。誰がやっても、ウチのものなら売れる。客はウチのブランドを見て安心して買うのさ。中身がいいってわかってるからね。そろそろウチが自分でマーケットに直接のりださないとお客さんに対して無責任だな」と来る。
 お定まりの代理店切りコースだ。

 ブランド・ビジネスは焼畑農業に似ている。森を焼いて、積もった灰の上に種をまく。芽が出れば育てる、刈りとる。それでも、同じ場所でいつまでも続く仕事ではない。それでいいのだ。芽が出なくたって、すこしもかまわない。隣の森を焼く。それでもだめなら、その隣。何回に一回はかならず当たる。当たったら、そのときに少しばかりの蓄えもできる。そんなくり返しなのだ。

 だから、一つひとつのブランド・ビジネスにいずれ限界がくるなんてことは、知れた話だった。内外海行では、そうした搾りかすになったブランドを営業第三部に集めるのだ。そして、契約を洗いなおして在庫の整理をする。海外に持ってゆくことは、ライセンス契約上の制限でできないのが原則だから、国内で処分する。最後には、ラベルをむしり取って、どこのなにともしれないものに化けさすしかないこともある。

 「美しかりしオーミエール」という彫刻が上野の西洋美術館にある。あの「考える人」で有名なオーギュスト・ロダンのものだ。15世紀フランスの泥棒詩人フランソワ・ヴィヨンが「兜屋小町」と歌った絶世の美女の成れの果ての、なんとも残酷な現実が具体的な形になって人の目にさらされている。しなびた乳房と垂れ下がった下腹があわれをさそう。あの、男たちの心をとろけさせ、たがいの友情も投げすてて恋の勝者となるための大げんかをさせずにはおかなかった、それほどの官能に満ちた女の顔は、姿は、肢体はどこへいってしまったのか? 男たちはなんのためにデスマッチを戦ったのか?

 あの彫刻こそが、人々の心をたぎらせたブランドが命を失い、墓場に積み上げられてしまった結末そのものなのだ。かつて花の盛りににおうように美しく、たくさんの男たちに魂を抜かれるような思いをさせた美女が、老いさらばえてもまだ命だけは残っている。それがブランドの運命だ。輝いていたブランドが、人生の終末期に近づいた女性の肉体の抜け殻になるのだ。

 実のところ、女性からすればなにも変わっていないのだろう。私は私。男たちが寄ってきて、去っていっただけ。それは私の一生とはなんの関係もない、ということなのかもしれない。だが、ブランド・ビジネスは金のたまごを産む庭鳥にしか興味がない。ビジネスならどれも同じことだが。

 そうした、死体処理にも似たブランド処理が営業第三部の仕事だった。あの男はその責任者になった。サラリーマンの人生として、終着駅の出口近くまできてしまった自分について、あの男なりの感慨はあったに違いない。しかし、あの男は、落胆して座り込んでしまうかわりに、墓場で、そこらじゅうの棺おけを暴いて回ったのだ。そして、棺おけの底の臭いを嗅いでなにかを探った。確かに、あの男の鼻でなければかぎ当てられなかったものがそこにはあった。

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