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第8話 M&Aの最大受益者は誰か

  • 草野 耕一

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2011年2月17日(木)

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M&Aは怪しげな取引か

 今回から4回にわたってM&Aの話をする。

 前置きの話を一つ。日本語の会話の中で「M&A(エム・アンド・エー)」と発音するのは難しい。ネイティブ風に「エ・マ・ネー」と言えば楽だが、いささか感じが悪いだろう。さりとて、日本語で「企業買収」と言うのも気が進まない。「買収」には「ひそかにお金などを与えて自分の思うようにさせること(三省堂現代用語辞典)」という意味があるからだ。ちなみに、M&Aについて英語でスピーチする時、私はよく次のように話を切り出す。

M&Aを表す日本語は「買収=bribing」、「乗っ取り=hijacking」、いずれも犯罪を意味する言葉です。

 ことほどさように、日本の社会はM&Aを怪しげな取引と考えてきたのであろうか。

 しかしながら、富の最大化という理念に照らして考える限りM&Aは断じて怪しげな取引ではない。それどころか、M&Aは豊かな社会を築くために不可欠な取引であり、我が国経済の競争力を維持・強化するためにはもっと活発にM&Aを実施できるように法制度を見直していく必要がある。M&A取引によってなぜ社会の富が増えるのか、まずはその理由を明らかにすることから話しを始めたい。

 投資政策の基本原理は、「NPVがプラスとなる投資、すなわち収益の割引現在価値が初期投資を上回る投資のみを実施する」ことであった(第3話参照)。この原理をM&A取引にあてはめるとどうなるか。ここで留意すべきは、買収対象会社の株主は当該会社のNPVを反映した株主価値をすでに獲得していることである。したがって、これを買収しようとする者はこの株主価値を上回る対価を支払わなければ対象会社を手に入れることができない。つまり、M&Aの初期投資額は対象会社の事業の現在価値を下回ることはなく、取引費用の存在を考えると、M&AのNPVは原則としてマイナスとならざるを得ない。

 にもかかわらず、M&Aが意味を持ち得るのは、買収によって成立する企業の株主価値が買収企業の株主価値と対象企業の株主価値の和を上回る場合があるからである。いかにして、それが可能となるのか、以下、その原因を「シナジー効果」と「経営改善効果」の二つに分けて説明する。

シナジー効果

 買収企業と対象企業の生産要素を組み合わせることによって両企業の買収前の株主価値の単純合算値を上回る株主価値が生まれる現象を一般に「シナジー効果」という。シナジー効果の原因は千差万別であるが、効果の生まれる典型的状況をいくつか素描してみよう。

 まず、同じ事業を営む複数の企業が結合する場合(これを「水平的結合」という)にはシナジー効果が生まれやすい。たとえば、医薬品会社の結合について考えてみよう。ご存じの方も多いと思うが、医薬品会社の損益計算書を見ると「研究開発費」の占める割合が非常に大きい。研究開発費は次世代の医薬品を作り出すために不可欠な費用であるが、残念ながら医療従事者のニーズにかなった新薬が開発されることは稀であり、高額の研究開発費は医薬事業の収益性の圧迫要因となっている。

 ところが、複数の医薬品会社が結合した場合、事業全体に占める研究開発費の割合を低下させることができる。なぜならば、結合した各社がこれまで行ってきた研究開発行為の中には類似の新薬を目指した重複的な活動が多く含まれており、これを整理統合することによってより効率的な研究開発戦略を展開できるからである。

 「生産調整型」と呼ばれるM&Aのシナジー効果も興味深い。ここで生産調整型のM&Aとは、成長期を終えた産業に従事する複数の企業が生産規模を縮小させる方向性をもって行う水平的結合のことである。たとえば、大手の製紙メーカー(以下、「A社」という)が、最新の製造設備を備えてはいるもののマーケティング力に劣る中堅製紙メーカー(以下、「B社」という)を買収する事例を考えてみよう。ペーパーレス化の進む現在、製紙会社はどこも過剰な生産設備を抱えている。したがって、この買収がなくても、A・B両社は早晩生産規模の縮小を余儀なくされるであろう。しかしながら、両社が結合すれば、A社の旺盛な受注能力をB社の最新設備に振り向けることによって生産規模の縮小を進めながら競争力のある企業として再生する可能性が高まる(※1)

 製造会社と販売会社、あるいは自動車会社と自動車部品会社のように、同一製品の開発から販売に至る過程に参画する企業が結合するM&A(これを「垂直的結合」という)にもシナジー効果が現れる場合がある。たとえば、ある自動車会社(以下、「C社」という)が、新型エコカーの爆発的売れ行きに対処すべく、ある部品メーカー(以下、「D社」という)に同社の生産ラインをC社専用のものにしてもらいたいと要請した事態を想定してみよう。

※1 ここに記載した事例は、2006年に王子製紙が北越製紙の全株式を対象として行った敵対的な買収案件を参考に作成したものである。ちなみに、公開情報によれば、この事案において王子製紙は、北越製紙の株式100%を約34%のプレミアムをつけて買収することを提案し、かつ北越製紙の従業員は一切解雇しないことを公約していた。しかしながら、北越製紙の当時の社長は、「カネと力を振り回して同業者を押しつぶすやり方は許されるのだろうかと強く感じた」旨発言して(2006年7月24日付日経新聞朝刊参照)上記買収に断固反対の姿勢をとり、結果的にこのM&Aは不成立となった。これにより社会の富は減少したのか増大したのか、誰が損失を蒙り誰が利益を得たのか、批判的な検証がなされてしかるべきであろう。

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