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第9話 M&Aの諸技法

  • 草野 耕一

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2011年3月11日(金)

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 前回の結論はこうであった。

(1)M&Aによって生み出される付加価値の大半は対象会社株主に帰属する。

(2)その背景には、「対象会社の株主は株式の売却を拒むことによってM&Aの成果にフリーライドできる」というM&A取引に独特な交渉問題がある(以下、この問題を「株主フリーライド問題」と呼ぶことにする(※1))。

(3)この状況はM&Aによる価値創造を促進するうえで好ましいものではない。なぜならば、いかに有益なM&Aであってもこれを実施しようとする買収企業に十分なインセンティブが与えられなければ日の目を見ることはないからである。

 上記のジレンマを回避する手立てはないものだろうか。結論から言おう。買収企業には(1)スクイーズ・アウトと(2)ロング・フォーム・マージャーという二つの回避手段がある。さらに、これら二つの手法以外にも買収会社株主の利益確保に資するM&Aの技術がいくつか存在する。今回と次回のコラムでは、これらの諸技法を紹介するとともに、その実施上の問題点について考えてみたい。

スクイーズ・アウト

 買収会社が対象企業株式の大多数を取得した後に残余の株主から強制的にその所有株式を買付けて対象会社を完全子会社化する取引を「スクイーズ・アウト(Squeeze-out)」という(※2)。スクイーズ・アウトが実施される理由としては、一般に、(1)少数株主が残っていると彼らに対する配慮から企業グループ全体にとっての最適戦略がとり得ないことや(2)わずかな残余株主のために情報開示を継続することは(※3)コスト的にも情報の戦略的管理という点からも割が合わないことなどが指摘される。これらの指摘は誤りではないが、それは対象会社の支配権取得に成功した「事後の(ex-post)」理由である。しかしながら、スクイーズ・アウトが実施される背景には公開買付に先立ってその実施を宣言しなくてはそもそも対象会社の支配権を取得できないという「事前の(ex-ante)」理由が存在する。表1をご覧願いたい。

表1

      応募する 応募しない
    買付けが成立する 1500円 2000円
    買付けが成立しない 1000円 1000円

 これは前回の表3を再現したものである。確認すると、対象会社の株主にとっては「応募しない」が支配戦略となっているがために株主には買収に応じるインセンティブが生まれず、買収会社が買付を成功させるためには買付価格を2000円超に引き上げざるを得ない。これが株主フリーライド問題の実体であった。

 しかしながら、買収会社が公開買付に先立ってスクイーズ・アウトの実施を宣言すれば株主フリーライド問題を克服できる。表2をご覧願いたい。

表2

      応募する 応募しない
    買付けが成立する 1500円 X 円
    買付けが成立しない 1000円 1000円

 この表で「X円」とあるのはスクイーズ・アウト実施時の株式買取価格であるが、仮にこのX円を1500円より小さな金額とすることができれば、「応募する」が株主の支配戦略となるので株主フリーライド問題は解消する。現行法上このようなスクイーズ・アウトの実施は可能であろうか。

 まず、スクイーズ・アウトを実施する基本的インフラは存在する。会社法上合併(または株式交換。以下、株式交換への言及は省略する)の対価はこれを全て現金とすることが可能であるから(※4)、買収会社が合併の承認決議に必要な対象会社株式の3分の2以上を公開買付で買い集めさえすれば、スクイーズ・アウトの実施は可能である(※5)。すなわち、第1段階として買収会社は対象会社の株式に対する公開買付を(3分の2以上の株式が集まることを成立条件として)実施し、これに成功すれば、第2段階として対象会社を買収会社(または、その完全子会社)に吸収合併し合併対価として現金を交付すればよいのである。

 ただし、合併対価をどこまで小さな金額となし得るかは判例法上(※6)明らかでない。思うに、この点に関する法律家の意見は株主フリーライド問題を認識しているか否かで異なるだろう。グループ最適戦略の実施や情報公開の廃止など「事後の理由」だけがスクイーズ・アウトの理由だと考えている限り、合併対価としては少なくとも合併時における対象会社株式の公正価格(上記事例では「2000円」)が支払われるべきだと考えるのが道理であろうが(※7)、これでは株主フリーライド問題を解消することができない。

 この点に関して我が国の判例法が今後どのような展開を見せるかは予断を許さないが、米国デラウェア州の判例法の変遷等も踏まえて考えると(※8)、少なくとも買付価格と同額の値を合併対価とすることは許されると考えてよいように思われる。そして、この二つの値が等しければ、先に支払われる買付価格の方が後に支払われる合併対価よりも貨幣の時間的価値相当額だけ高い価値を有するのでこれにより株主フリーライド問題は(かろうじてではあるが)解消される。

※1 念のため言っておくが、「フリーライド」という言葉を使っているからといって株式の売却を拒む株主を道徳的に非難する意味は毛頭ない。株主フリーライド問題を取り上げる唯一の理由は、それによって価値創造的なM&Aの実施が妨げられる怖れがあるからである。なお、この問題を「ホールド・アウト問題」と呼ぶ人もいる。

※2 「フリーズ・アウト(Freeze-out)」という言い方もある。

※3 上場や株式の公募などの実施によって金融商品取引法上継続開示義務を負った会社が無条件で開示義務を免れるためには株主数が25人未満となることが必要である(同法24条1項但書後、同法施行令4条2項、企業内容等開示府令16条2項・3項)。

※4 会社法749条1項2号。

※5 対象会社株式の90%以上を取得すれば対象会社の株主総会の承認も不要となる(会社法784条1項)。

※6 なぜアプリオリに「判例法」と言うのか疑問に思う読者もいるかもしれないが、法には制定法に向いているものと判例法に向いているものがある。合併対価の適格基準は明らかに後者である。詳しい説明は他の機会に行うとして、ここでは直観的に「そんなものか」とご納得いただきたい。

※7 「事後の理由」は支配株主がスクイーズ・アウトを実施する理由とはなり得てもそれが少数株主の利益につながるとは限らない。これに対して、株主フリーライド問題の解消という「事前の理由」は(価値創造的なM&Aの実施を促進するという点において)すべての株主の利益となる。

※8 スクイーズ・アウトの合併対価の適正基準に関して、当初のデラウェア州の判例は「公正価格」の基準を適用していた(Weinberger V.VOP,Inc.,457 A.2d 701 (Del.1983)参照)。しかし、その要件は次第に緩和され、支配株主が対象会社株式の90%以上を取得してから公開買付価格と同額の合併対価を支払って行うスクイーズ・アウトについてはその実施を公開買付に先立って約束していることその他の一定の条件が満たされれば適法であるという判決が出されるに至った(777A.2d242(Del.2001),808A.2d421(Del.Ch.2002)等参照)。

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