「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

「プルトニウム測定器」のお粗末はもう勘弁

邦訳されない「メア沖縄発言のホンネ」

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2011年3月29日(火)

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 正直「ひどいものだ」と思ったことが、ここ1週間も余りに多く、何を言えばいいか順番をつけるのに苦労するほどなのですが、1つだけ絞るとすれば「プルトニウム測定器」でしょう。

 東電が「プルトニウム測定器」を持っていない、と報じたメディアやジャーナリストの方々は、しばらく関連の内容に一切発言されないことをお勧めします。というか、あまりに恥ずかしい。今後の戒めに、過去ログは消去せずに残し、メディアであればデスクに科学技術内容のチェック機構を整えるべきだと思います。

 誰かが何か言った、という内容を、そのままトンネルのように筒抜けにするだけでは、今の時期、報道機関として成立していないのでは?と思います。

 よろしいでしょうか? 世の中に「プルトニウム測定器」などという便利な代物はありません。

「ドラえもんのポケット」みたいな短絡

 ここ10年ほど発達した誘導結合プラズマ質量分析法で、従来なら1週間以上かかったプルトニウム試料分析が24時間程度まで短縮された、とのことですが、プルトニウム同位体の標準溶液など準備の整った研究室で、細かな手作業によって定量するもので、自動化された装置などはこの世の中に存在しません。参考まで、方法を記した文部科学省の資料もリンクしておきます。

 ある種の方は、何かヘンな箱があって「Pu(プルトニウムの元素記号)」とか書かれたボタンを押すと、数値がパッと出てくることを考えているのではないでしょうか。そういう「ドラえもんのポケット」みたいな短絡と、イノヴェーションの現場への想像力の欠如が、現在のような緊急の状態の中で一番有害無益と思います。

 工場の現場の実際を知らず、収支の数字だけ見てあれこれいう経営者のような愚を重ねるとつぶれてしまいます。科学技術のリテラシーとは現実に何が起きているか、原理を理解する力の普及にほかなりません。私は核化学の詳細も放射線医学の実際も不案内ですが、自然法則に基づいて、データの測定原理までは必ず確認したうえで数字を見ます。そうでなければ、数値だけ見ても何のことだか分かりません。

 私のツイッターでは、そのようなデータの背景を各自が考えられるヒントになるような内容を選んで情報発信するようにしています。

 例えば、福島第一原発の各炉で採取された水の分析結果に「総線量」と「物質の内訳」が示されていれば、そこから判断のつくことがあります。

 3月25、26日のデータを見る限り、広域に飛散するウランやプルトニウム、という可能性を懸念するのは現実的ではありません。作業員の方が微量のそれらの物質と触れるリスクはありえますので、現場の作業では十分な注意が必要と思いますが、測定原理すら理解せずに(公開情報でいくらでも検索できる)あれこれ難詰したり、素人以前の情報を流布したりするものではない。

 各メディアには、いまや明らかに「スクープを抜く」というような状況ではないので、発表されたデータについて、一度は自分の頭も働かせてみる、ということを、最低限してみたらいかがなものか。

 実際、水中線量のデータについて「1000万倍の線量」との誤報がありました。正しくは「10万倍」とありましたが、この値がおのおのどれほどのものか。ベクレル(Bq)で発表されたものをシーベルト(Sv)換算するとどの程度になるか。

 ちょっと調べればいくつかの換算は可能です。それをする人としない人とで天地の差が出ます。いやしくも百万単位の人に情報を提供している自覚のあるメディアであれば、己が流している情報の内容を理解しながら発信する、という最低限のチェックは怠らないでいただかねばならない。

 「プルトニウム測定器」のお粗末は、二度と勘弁してもらいたいと思います。

核物質と日米関係

 震災以降、それまで争点になっていた様々な問題の優先順位が後手になりましたが、予定稿として準備してあった、沖縄の問題に関するものをリリースしたいと思います。

 沖縄は沖縄、福島は福島、と考えるべきではありません。今後、政府も東電も我が国のエネルギー政策の根本的な見直しを迫られることになるでしょう。ドイツでは選挙で「緑の党」が躍進し、物理学者出身のメルケル首相は原発政策の根本的な見直しを迫られています。

 日本の原子力政策は、単に日本一国というに留まらず、米国、NATO〜フランス、国際原子力機関(IAEA)と、グローバルなエネルギー戦略の青写真の上にあるものと思われます。現在の米国オバマ政権でエネルギー長官を務めるのは、ノーベル物理学賞受賞者でもあるスティーヴン・チュー博士で、私も1度一緒に仕事した事ががありますが、内容をきちんと理解できる、よく出来る人物です。日本で一般にある『学者』というイメージとは程遠い、バリバリ仕事を処理できるテクノクラートの腕力がある華僑系アメリカ人の彼をトップに、日米間での詰めた協議が必要でしょう。

 「日本から放射される物質は太平洋を渡って、まずハワイ〜アメリカに到達する」と色めき立つメディアもあるようですが、「プルトニウム測定器」のようなレベルの話ではなく、長期的な社会経済発展を念頭に、責任ある検討、代替エネルギーへの暫時転換等も含め、確実な議論がなされるべきだと思います。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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