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51年前の「チリ地震津波」の記憶~ 当時の日本人はどうした?

2011年3月23日(水)

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 それは、いまから51年前の1960年5月24日早朝のこと。“グゥオー”というけたたましい音で、小学生の私は目覚めました。何だろうと、2階から外を見ると、家の前にある川がものすごいスピードで海の方へ逆流していました。見たこともない光景に、私には何が起こっているか全くわかりません。ただ茫然。そのうち、周りの大人たちが騒いでいる声が聞こえてきました、“津波がくるぞ!”

 そうして長い1日と、復興への日々が始まりました。

 私の家は当時、八戸で漁業を生業にしていて、太平洋にほど近い河口の前に位置していました。いわゆる、イカ釣り船が並んでいる場所です。いまから見れば、木造船でレトロな風景。逃げ遅れた船は、おもちゃのように激流に翻弄。とうとう、川底までが現れてきました。

 小学生の私にも、とんでもないことが起きていることは分かりましたが、どうすればいいかオロオロするばかり。“屋根に上れ、逃げろ”という父の声と、大人たちが家を守ろうとして、必死で戸口に大きな板を打ち付けるガンガンという音が耳を支配していました。私を含めて小さな兄弟は避難させられたので、その瞬間の様子は後になって、父親から聞いたものです。

津波の様子を見て、甦る51年前の記憶

 今回の津波の様子をテレビで見ていて、そのときのいろいろな記憶が甦りました。テレビで見ていると、遠景撮影なので波がゆっくり見えてしまいます。しかし現実は、けたたましい勢いでやってきて、居並ぶ船もかんたんに路上に持ち上げてしまうほど。逃げ遅れた人が波の前を走り、近くの電信柱に上り必死にしがみつく様子を話す父親の真剣な顔を思い出しました。

 それもそのはずで、発生場所付近の海面では、波の速さがジェット機並みの時速800キロに及ぶこともあるそうですから。

 そして、その瞬間が訪れました。波は、大人たちが頑丈に打ち付けた板も難なく破壊。まるで素通しの家を、波がズカズカと土足あがってきたようだと、父は言っていました。そこから、波は数百メートルも突っ走り、町をも蹂躙。幸い、私の家は倒れず大人の背丈くらいの浸水で済んだのを記憶しています。

 チリ地震津波のときは、はるか1万7000キロも離れたところからやってきた津波で、東北地方を中心に3~8メートルの津波を観測し、死者は122人。今回の被害とは比べものになりません。それでも、記憶がダブってしまうのをお許しください。

 今回は見ているだけの側でしたが、強く思い出したのは、津波後のこと。復興の日々です。

 まずは、いまも苦しんでいる方たちを一刻も早くその苦しみから解放してあげること。それが先決です。

 でも、報道を見ていると多くの人が寄付金や物資を送っているにもかかわらず、現地に満足のいくほど到達していないのが現状。今日寄付したら、明日にはその寄付が使われる。そういう迅速さに欠けているような気がします。

 いろんな事情があるのでしょうが、寒いこの時期の東北は、暖がないことは死活問題。すぐにでも手を打って欲しいと願うだけです。

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「51年前の「チリ地震津波」の記憶~ 当時の日本人はどうした?」の著者

関橋 英作

関橋 英作(せきはし・えいさく)

マーケッター

外資系広告代理店JWTでコピーライターから副社長までを歴任。ハーゲンダッツ、キットカット、デビアス・ダイヤモンド、NOVA英会話学校など、数多くのブランドを担当、成功に導く。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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