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大震災直後、トップはどう考え行動すべきだったか

本業で、本業を生かして貢献した経営者たちのリアル

  • 武田 斉紀

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2011年3月28日(月)

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患者やお年寄りの命を支えたのは、被災したおばちゃんたちだった

 「3月16日(水)1:29 PM/現地で(取引先である病院の患者さんや介護施設のお年寄りのために)ご飯を作ってくれているおばちゃんたちも被災者で、実は自分たちの食べる食糧も確保できていないんです」

 「3月16日(水)12:31 PM/燃料問題が解決してくれると助かります。東北一帯の患者さんたちに食べてもらう食材調達ができても燃料不足で運べないんです。関西の問屋さん、メーカーさんが阪神大震災の恩返しだって物資を集めてくれたのに・・・。今は片道燃料でも突撃するしかありません。 PS:一時東北6県で627名が行方不明でしたが石巻の従業員が見つかり、残り20名まで減りました」

 「3月22日(火)12:30 PM/身を粉にして働いてくれるおばちゃんたちですが、陸前高田の残り5人が見つかりません・・・。伝聞によれば、施設近辺は瓦礫と遺体の山だそうで・・・祈ることしかできないのが悔しいです」

 これは全国約1900の医療施設・福祉施設、学校・社員食堂向けに、食材供給から委託運営までを行っている富士産業の子会社・ニッショク(東京都港区)の常務取締役、佐藤守男さんがメーリングリストに記した言葉だ。メーリングリストには彼と私を含めた100人以上の関東・関西を中心とした中堅中小の経営者仲間が集い、普段から経営上の相談やさまざまなことを書き込んでいる。

 3月11日の大地震発生以降、経営者たちは互いと各社の従業員の安否を気遣い、多くのメールがリスト上で飛び交った。今回はその中から、ディザスター(大惨事)にもブレることなく本業を全うすることで被災地の支援を続けた経営幹部と、本業を全うしながらも、ほかにもできることはないかと奔走した2人の経営者のリアルをご紹介してみたい。

 ニッショクの佐藤さんは、大地震発生時間、中国のチンタオ(青島)にいた。現地のホテルで同社主催の商品展示商談会をしていて、日本全国の問屋とメーカーから約150人が集まっていた。発生から5分もしないうちに、日本で大地震が起こったらしいという連絡が関係者から入る。すぐに東京本社に電話をしたがつながらない。「それで、あっ本当なんだって思いました」(佐藤さん)。

 商談会は中止、誰もが日本にすぐに飛んで帰りたかったが、便は1日1便。当日の便は飛んでしまった後だった。テレビでは日本のNHKが見られたので、みんなで食い入るように見る。「津波の映像が流れて、見ていると一緒に商品開発をした会社がなくなっていて、泣けました」(佐藤さん)。

 翌日。乗務員がそろわないという理由で飛行機が到着せず、さらに一日足止めを食うことに。イライラは募るばかり。心配なのは被災地にいる従業員たちであり、彼らが支えている病院の患者さんや介護施設のお年寄りたちのことだ。みんなが無事でいることを祈る。だが従業員の安否は確認しつつも、お客様には食事を届けなければならない。それが自分たちの仕事であり、お客様との命の約束だから。

 患者さんやお年寄りには、普通の食事を食べられない人も多い。例えば腎臓に疾患を抱える人の中には、カリウムを含む生野菜を食べられない人がいる。心臓に疾患を抱える人には塩分量の制限があるなど、疾患によって一人ひとりが食事の上でさまざまな制限を抱えている。

 食べることでむしろ命をむしばむことさえあるのだ。カップラーメンを出せばいいというわけにはいかない。個々の細かいニーズに応えていくのが病院食や介護施設の食事であり、それを支えているのが佐藤さんたちの仕事なのだ。

 実は病院や介護施設はもしものために3日分くらいの食料は備蓄している。もしもがもしも起きてたとえ助かったとしても、患者さんそれぞれに適切な食材が確保できなければ命にかかわるからだ。在庫さえ無事であれば4日目からの分を手配すればいい。佐藤さんは食材と配送手段、現地で調理してくれる人の確保のために、電話とメールで本社と連絡を取り続けた。

 冒頭のメールにもあったが、食材の調達では阪神・淡路大震災を経験した関西の問屋さんが大いに協力してくれた。会社としても阪神・淡路大震災の経験を生かし、13日には第1弾の食材を届けるべくヘリをチャーターしていた。日曜日、ようやく帰国を果たす。さっそく全社に指示を出し、泊まりの用意をして会社に向かった。

 しかしここで新たな問題が起こったのだ。

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