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福島製造、「11人の卒業式」

曙ブレーキを支えた「女生徒」たちの物語

2011年4月13日(水)

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 “彼女たち”を送り出すかのように、遅く咲いた満開の桜は、東京都日本橋を優しく包んだ。

 曙ブレーキ工業から18人の女子学生たちがこの春も巣立っていった。「勤労学生制度」。こう名づけられた、古き良き時代の制度が、曙ブレーキには現在も残る。

 1961年、同社の先代社長である故・信元安貞氏は、自らが官費留学で大学に通った経験から、後進の若者にも働きながら学べる機会を提供しようと同制度を始めた。

 高校卒業後、家庭の事情などで大学や専門学校などに進学できなかった学生に仕事と寮を会社側が提供し、朝から仕事、午後から夜にかけて勉学に励む。3年で必要としていた資格を取得すると、新たな仕事に就くべく、学生たちは卒業していく。制度の利用者はこれまでに、約1500人に上るという。

 曙ブレーキ生産子会社の福島製造(福島県桑折町)からも今年、女子学生たちが福島学院大学短期大学部で無事学位を取得し、卒業していくはずだった。しかし、短大の卒業式を1週間後に控えた3月11日、巨大な地震は非情にも福島製造を襲った。そして、彼女たちの「夢の舞台」は潰えてしまった。

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 工場の建物内では、作りかけの部品や在庫が散乱し、ネジで床に強く固定してあった製造装置が横滑りし、耐震補強用の「筋交い」には深く亀裂が走っていた。工場棟の中には、生産が停止したばかりでなく、ただちに立ち入り禁止になった所もあった。

 地震が発生した午後2時46分はちょうど昼夜の勤務が交代する時間帯。逃げ惑う中、パニックで過呼吸になったり、震えが止まらない女子学生もいた。彼女たちの日々の生活の場である「桃苑寮」も、建物の損傷に加えて電気や水などライフラインが寸断され、当面の避難所生活を余儀なくされることになった。

 女子学生たちに限らず、不安と恐怖に苛まれる社員を前に、福島製造社長の吉田穣氏は震災発生から3日後の3月14日、ある決断を下した。

 「1週間で生産を再開しよう」。今後の見通しを示すことで、日常の生活に近づく日が間もなくやってくることを伝え、社員の不安を少しでも払拭しようと考えたためだ。

 工場の復旧という目標に、社員たちは奮起した。散らかった在庫を片付け、本社の技術支援部隊と製造装置を修復。旧知の業者の助けもあって、筋交いにも応急処置を施した。

 幸い、被災地への補修部品や、海外向け製品の需要は旺盛だ。そして被災からちょうど1週間後の18日、最も被害が深刻だった工場で、エアコン向け部品の生産が再開した。吉田氏は言う。

 「これまでにない社員たちの活力を感じた」。

 女子学生たちもこの間、工場での作業から復旧支援まで、縦横無尽の活躍を見せた。しかし、彼女たちには1つの心残りがあった。

 「袴を着たかった……」。通っていた学校の校舎が損壊し、予定していた3月17日の卒業式が中止となってしまったのだ。

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 3月22日、曙ブレーキの信元久隆社長が現地を訪れた。社員たちを激励しながら、信元社長は女子学生たちが心の奥にしまっていた思いを知った。迷いなく、その場で即決した。

 「それなら日本橋(の東京本社)で卒業式を開こう」


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