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第11話 敵対的買収を飼い慣らす社会を目指して

  • 草野 耕一

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2011年4月21日(木)

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Pickens事件の思い出

 私が所属法律事務所のパートナー(共同経営者)になって最初に手掛けた「M&A案件」は小糸製作所の株式買集め事件であった(なぜM&A案件という言葉にカギ括弧を付けたかは後で説明する)。

 小糸製作所は世界最大の自動車照明器メーカーであり、トヨタ自動車をはじめとする大手自動車メーカー各社が用いる自動車照明器を製造している。1989年3月末、米国の投資家T. Boone. Pickens氏はこの小糸製作所の株式約20%を取得したことを発表し、同社の経営に参画したい旨を宣言した。

 87年に米国での留学を終えて帰国した私にとってPickens氏の名は記憶に新しいものであった。80年代に米国の企業社会を賑わした敵対的買収事件のいくつかにおいてPickens氏は主導的役割を果たした人物だったからである(そのうちで最も著名なものは後で取り上げるUnocal事件である)。Pickens氏の小糸株式買集めのニュースを新聞で知った私は、その日のうちに小糸の経営者から連絡をいただき、はからずも同社の法律顧問としてPickens氏と相見(あいまみ)えることとなった。

 ここで、若干言葉の整理をしておきたい。

 まず、「敵対的買収」とは、「対象会社の支配権を同社の取締役会の同意を得ずに取得すること、ないしはその試み」を意味する(※1)(敵対的買収以外のM&Aは「友好的買収」と呼ぶ)。これに対して、「グリーン・メール」とは、「買収を行う意思がないのにあると見せかけて対象会社またはその関係者に保有株式を買い取らせること、ないしはその試み」のことであり(※2)、「グリーン・メーラー」とはグリーン・メールを実践する者のことである。

 グリーン・メーラーが求める買取価格は経済的合理性を欠いた高値であるのが普通であり(※3)、グリーン・メーラーはその実現を目指して様々な「嫌がらせ」をする。要するに、グリーン・メールは反社会的行為であり、その要求に屈せずこれに断固立向かうべきことは対象会社経営者にとって自明の責務と言えるだろう(※4)

 小糸事件に関する限り、Pickens氏の目的がグリーン・メールであることは客観的証拠に照らして明かであった(※5)(冒頭でM&A案件という言葉にカギ括弧をつけたのはこのためである)。私たちは、グリーン・メールを達成するための彼のシナリオは下の図のようなものであると想定した。

 このシナリオを回避するためには、(1)小糸がPickens氏を20%の株主として正当に処遇していること、(2)しかしながら、Pickens氏が提案する者は小糸の役員としては不適当であること、などを日本・米国双方の世論に対して根気強く訴えていくことが必要であった(※6)。そのために私は米国に赴き、Pickens氏が過去に関与した敵対的買収事件の調査を開始した。そこで私が見たものは米国の法科大学院で学んだ世界とはいささか異なる光景であった。

 なかでも印象的だったのは、Pickens氏が敵対的買収を仕掛けたフィリップス社の拠点オクラホマ州バートルズビルを訪れた時のことである。バートルズビルは人口40万のうちの約8万人がフィリップス社やその関連会社で働く「企業城下町」であった。この町で買収反対のキャンペーン活動を行った人々と面談し、当時の様子を語ってもらった。彼らが記録したビデオを見ると、教会ではPickens氏退散を祈る祈祷会が夜通し繰り広げられていた。町の広場では、「BOONE BUSTERS(※7)」と記したTシャツを着た若者たちがPickens氏の買収断念を願うフォーク・ソングを歌っていた。会社法的企業観(4話参照)が滲透しているはずの米国においてすらこの有り様である。敵対的買収がいかに多くの人々の敵意や恐怖心を生み出すものであるかを私は肌身で感じた。

 デラウェア州最高裁のモーア判事との会談も思い出深い。モーア判事はUnocal事件の審理を担当し同事件の判決を書いた裁判官である。これは、Pickens氏の買収を阻止すべくUnocal社が実施した買収防衛策の適法性を認めた判決であり、その法理は「Unocal基準」としてその後の買収実務を規律する重要な法源となった(※8)。モーア判事は次のように語った(※9)

 会社は株主だけのものではありません。顧客や忠実な従業員たちのものでもあり、その地域にとっても大切なものです。この判決は行き過ぎた企業買収に対する警告です。裁判所は敵対的な買収には友好的ではないのです。

※1 対象会社の取締役会ではなく「経営者」の同意の有無を問題とする定義も可能であるが、対象会社が買収防衛策の発動を決定するには少なくとも取締役会の承認が必要なのでその同意の有無を敵対的買収の判定条件とする方が用語の定義として適切なように思える。

※2 グリーン・メールは、脅迫状を意味する「ブラック・メール」とドル紙幣の色である「グリーン」を併せた造語である。

※3 そうでなければ、市場で売却するなり相対取引によって第三者は売却するなりすればよいはずであって、ことさらにグリーン・メールを実施する必要はないであろう。

※4 ただし、真正の敵対的買収かグリーン・メールか判別が困難な場合の対応は微妙である。特に、真摯に敵対的買収を開始した者が諸般の理由によってこれを断念し、取得済の対象会社株式を対象会社やその関係者に引き取らせようとする場合の対象会社の対応は真正のグリーン・メーラーに対するものとは異ならざるを得ない場合が多い。

※5 我々は、主として次の二つの理由から、Pickens氏は小糸の株式を実質的には所有しておらず、日本の某投資家の傀儡として株式の高値肩代わりを実現させようとしていると判断した。(1)Pickens氏に小糸株を売却したとされる上記某投資家はPickens事件が起こる前に2回にわたり小糸株の高値引取りを要請してきた。(2)Pickens氏が提出した外為法上の届出書には上記投資家からの買取価格が記載されていたが、その値は小糸のキャッシュ・フローからは到底説明できない程に高額な値であった。

※6 「Pickens氏はグリーン・メーラーである」という主張はM&Aの専門知識を持たない一般の人には分かりづらい。そこで、この点を分かってもらえなくても説明可能な論理を用いることにした次第である。

※7 このスローガンは当時流行した映画『GHOST BUSTERS』のタイトルとPickens氏のミドル・ネームであるBooneを併せたものである。

※8 Unocal基準は、買収防衛策の発動が許されるための条件として、(1)買収が対象企業の政策ないしは有用性(corporate policy and effectiveness)に対する脅威となっていること(脅威テスト)、と(2)防衛措置がこの脅威を取り除くために必要十分な範囲を超えるものではないこと(相当性テスト)という二つの要件を掲げた。デラウェア州の判例法上Unocal基準は現在でも形式的には維持されているが、その後の判例の集積を経て、過半数のメンバーが独立取締役である取締役会が脅威の存在を認めれば脅威テストはほぼ無条件で認められるようになり、相当性テストについても、プロキシー・ファイトを行って速やかに取締役会のメンバーを更迭し新取締役会をして買収防衛策の発動をやめさせる道が残されている限り「相当性あり」と判断されるようになった。

※9 モーア判事との会談にはNHKの番組制作局のスタッフも同席しており、会談の様子は1990年7月16日のNHKスペシャルで放映された。本文に掲げたものはこの放映の際に使われたNHK作成の訳文である。

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