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誰が個人の思いを汲み取るのか

“足”の確保が支援の第一歩

  • 西田 一平太(松下政経塾第29期生)

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2011年4月26日(火)

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 東日本大震災を受けて松下政経塾は、3月23日に「救援物資プロジェクト」を立ち上げた。行政だけでは、「被災地」を支援したいという個人の思いを十分に汲み取ることができなかったからだ。一方、個人でできることには限りがある。両者の“中間”に位置する存在が果たせる役割がある。

鳴らないはずの『黎明の鐘』が鳴り響いた

 震災の起きた3月11日の2時46分、私を含む松下政経塾第29期生6人は、翌日の卒塾式を控えて、寮室の整理などをしていた。塾生・職員は式典・昼食会の準備に追われる中で、災害広報用のスピーカーが発する「緊急地震速報」の奇妙な音に耳を傾けた。その直後に襲ってきた振動は、湘南地域でも震度5弱を記録。地震の揺れは、地上32メートルの高さがある『黎明の鐘』を低く鈍く鳴り響かせた。

 『黎明の鐘』は、塾の創設者である松下幸之助が塾を創設した時に、松下電器(現・パナソニック社)の音響研究所に対して「どんな悪人でも心を入れ替える音色」を注文したといういわくつきの鐘である。

 そう言うと格好いいが、実はモック(擬似)である。そのモックの鐘が実際に鳴るとは誰も想像していなかった。塾内にいたすべての塾生・職員が戸惑いを感じた。

 翌日の式典は簡素に行い、早々に解散した。

 続々と入ってくる被災地の情報を前に塾関係者は悩んだ。この国難とも言える災害に松下政経塾はどう立ち向かうのか? 私が卒塾した後の塾内で、激しい議論が交わされたと聞く。その結果、14日に塾独自の「義援金プロジェクト」を立ち上げた。16日付けで災害対策本部を設置し、23日には全塾を挙げての活動として「救援物資プロジェクト」を開始した。

 卒塾したばかりで身の自由が利く私は、災害ボランティアとして現地入りを検討していたのだが、期せずして塾に戻ることになった。

救援物資プロジェクト」の開始~個人と行政の隙間を埋める

 政経塾が救援物資プロジェクトを開始する前から、多くの卒塾生が被災地への支援を開始していた。例えば、第9期生の桑畠健也氏(埼玉県所沢市議)と同期の加藤政徳氏(相模興業社長)は、17日、被災地の一つである茨城県高萩市に4000リットルの軽油と大型ポリタンク・ドラム缶、そして食糧を送り届けた。2人の同志である三和石産の中田泰司社長も、軽油の入ったタンクローリーなどを乗せた20トントラックを自ら運転して、行動をともにした。

 個人で行う支援活動には、規模や持続性に限界がある。その一方で、行政は、この緊急事態において全方位の対応ができない状態であることも明らかであった。

 神奈川県は18日から支援物資の受付を開始した。しかし、仕分作業の煩雑さを回避するためか、企業など大口提供者からの物資しか受けつけなかった。トイレットペーパーを例にとると、段ボール10箱以上を指定された日時・集積場所に自ら運び込むことが条件だった。

 市民社会に広く沸き起こった被災地への気持ちを受け止める余裕は行政にはなかった。そのころ、政経塾関係者には「小口で、自分たちが支援することはできないのか」と思う市民からの問い合せが相次いだという。このような行政の事情と世間の声を背に受けて、松下政経塾は救援物資プロジェクトを立ち上げた。

“足”の確保が初めの一歩

 救援物資を政経塾で集めて被災地に届ける。この目標を達成するためには、まず「何を集め」「どこに向けて」「どのように送り届けるか」という手段についての課題をクリアしなければならない。事態の性質上、「どの程度まで」「いつまで続けるのか」という課題は推移を見極めつつ決めることになった。

 この手段についての課題は、比較的早い段階に解消できた。前述の中田社長の関連企業である有限会社CSが岩手県大船渡にあり連絡が取れた。また、不登校・ひきこもり児童生徒支援活動を全国的に行っている藤崎育子氏(松下政経塾 第14期生)を通じて、陸前高田市で高校の校長を務めた経験を持つ戸羽茂氏と連絡が取れたのだ。これによって、津波で甚大な被害のあった大船渡・陸前高田の避難所の状況が把握できた。物資を届ける調整も可能となった。

 同じ時期に、やはり震災直後から個人的に支援活動を行っていた坂井学氏(同第10期生 前衆議院議員)を通じて岩手県大槌町の様子も伝わってきた。公的なルートからは現地の情報が一切入ってこない中、当面の物資輸送先は大船渡・陸前高田・大槌の沿岸3地区として、現地の避難所のニーズにできるだけ応えることとした。

 この間、加藤政徳氏が輸送手段を独自に確保し、政経塾に提供してくれた。これによりプロジェクトは一気に加速し、23日から物資の受けつけを開始した。現地への便を確保できたことが、決めてだった。

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