• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

最終話 企業の公共性とステーク・ホルダーの擁護

  • 草野 耕一

バックナンバー

2011年5月12日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

前回から読む)

 M&Aは企業の公共性やステーク・ホールダーの擁護に悪影響を及ぼすものか。及ぼすとしたら、M&Aに備わった価値創造機能(8話参照)を損なうことなくこの悪影響を排除するにはどうしたらよいか。これらの問題を考えることが今回のテーマである。最初に、企業の公共性について話し、後にステーク・ホルダーの擁護について話す。

企業の公共性とは何か

 このコラムにおいて、企業の「公共性」とは、経済学で言うところの「外部性(externality)」、すなわち「市場での取引を通じることなく別の経済主体の効用関数または生産関数に影響を与えること」を意味する(※1)。この点の理解が曖昧であると公共性をめぐる議論に無用の混乱が生まれる。たとえば、「あらゆる企業は公共性を備えており、自分の企業だけが高い公共性を求められていると考えるのは思い上がりである」という意見を耳にしたことがあるが、このような意見を述べる人は公共性という言葉の多義性に振り回されている。たしかに、あらゆる企業は市場を介して富(=社会余剰)の最大化に貢献しており、その意味においてあらゆる企業は公共性を備えている。しかしながら、ここで問題としている公共性の大きさは企業の業種やビジネス・モデルによって大きく異なる。

 この意味における公共性が大きい企業の代表はテレビ放送を営む会社(以下、単に「テレビ会社」という)であろう。テレビ会社の顧客はスポンサーであり、テレビ会社とスポンサーの関係は市場原理によって規律されている。しかしながら、テレビ会社は市場を介することなく視聴者に対して番組提供を行っている。これらの番組が社会にもたらす便益(もちろん、そこにはマイナスの便益も含まれている)、それがここで問題とする「公共性」であり、以下その価値を「公共価値」と呼ぶことにする(※2)

 市場を介しながらも、市場原理とは異質の判断が加わることにより公共性が生み出される場合もある。たとえば、鉄道事業の場合、利潤の最大化という点から言えば赤字路線は廃止した方がよいのに、敢えてその運行を継続している企業がある。その主たる理由が地域住民の交通の確保にあるとすれば、これらの企業は地域の利便性の確保という本来は国や地方公共団体が担うべきサービスを提供していることになり、その限度において市場外の便益、すなわち公共性を生みだしていると言えるだろう(※3)

 長期的に見れば、企業はこのような公共的役割を放棄するか、あるいは、ビジネス・モデルを改変してこれを利益を生み出すサービスに切り換えようとするだろう(※4)。しかしながら、多くの企業が公共的役割を継続的に果たしていることは厳然たる事実であり(※5)、この役割を果たすことと株主価値の最大化との間にトレード・オフの関係があることもまた否定し難い事実である。

 たとえば、テレビ会社が番組編成を変更すべきか否かを検討しているとしよう。良質な番組を減らして、代わりに、いささか低俗な番組(※6)を増やすことが変更の眼目であり、これを実施すればスポンサーから支払われるコマーシャル収入の増加が見込まれる。テレビ会社はこの変更を行うべきだろうか。

 あるいは、赤字路線の廃止を検討している鉄道会社があるとしよう。この路線を廃止すると収益の改善が見込まれるが地域住民には少なからぬ不便を強いることになりそうだ。

 これらの設例の問題状況が図1のようなものだとすれば、経営方針の変更を見送ることは富の最大化という会社法の理念に照らしても正当化できる。なぜならば、たしかに経営方針を変更すれば株主価値は増大するが、それを上回る公共価値の減少が生じているからである。

 したがって、上記の経営方針の変更を「経営改善」と称して実施しようとする買収者が現れた場合、対象企業の経営者がこの買収に反対することは会社法の理念と矛盾しない。

 しかしながら、買収者が良質番組を減らし低俗な番組を増やそうとしているというのは対象会社経営者の偏見に過ぎないかもしれない。買収者が目指すものは旧体然たる番組内容の刷新であって、その構想は未熟さや軽薄さを伴いながらも全体としてはテレビ放送事業の再活性化を促すものであるかもしれない。鉄道会社の買収者についても同様のことが言える。買収者が廃止を求めている赤字路線は老朽化が著しくて近隣の住民や家畜に騒音被害をもたらしているかもしれず、同時に、これを廃止してもバスなどの代替交通機関の働きによって住民の交通にはそれほど大きな支障は発生しないかもしれない。

 そこで、議論の趣旨を明確化するために、買収者が目指す経営方針の変更の前後における対象企業の株主価値と公共価値が次のようであると仮定しよう。

 ここでは公共価値がやや減少しているものの株主価値の増加がそれを上回っている。したがって、この買収が実現すれば企業が生み出す富の総和は増大し、対象会社の経営者がこの買収に反対することは会社法の理念に反している。

誰が公共性に関する判断を下すのか

 問題は買収が図1と図2のいずれのタイプのものであるかだが、その判別は非常に難しい。難しさの主たる要因は公共価値の評価が困難なことにある。公共価値を生み出す便益は多くの場合公共財かあるいはそれに準ずるものであるが(※7)、これらの財には市場が存在せず、しかも人々はその価値を過少評価する傾向を免れ難い(※8)2話参照)。裁判官はもとより、いかなる学識経験者といえどもこの点について責任ある判定を行うことはできないであろう。

 であるとすれば、この問題は会社法の基本原理に立ち戻り株主の判断に委ねられるべきであろう。株主価値が増えるか否かは彼らにとって死活の問題であり、株主価値の増加を犠牲にしてでも公共価値を重んずべしと判断する資格があるのは余剰権者(3話参照)である株主だけだからである。

 したがって、公共性の維持を理由に買収防衛策を発動しようとする場合についても前話の結論と同様に株主総会の承認を得ることを以って防衛策発動の必要条件とすることが妥当ではないだろうか。

※1 奥野正寛編著(2008)『ミクロ経済学』(東京大学出版会)307頁参照。

※2 すべての便益は支払用意という概念によって数量的に評価できるので(2話参照)、公共性といえども株主価値や債権者価値と同じスケールで評価することができる。ただし、後に述べるようにその評価は現実的には様々な困難を伴う。

※3 このような公共性は、製鉄事業をはじめとする基幹産業においても広く認められるのではないだろうか。なぜならば、これらの産業は国の安全保障政策や経済産業政策と深くかかわっており、これらの政策を支えるために株主価値を犠牲にしている側面があるように見受けられるからである。なお、政府とこれらの企業の間にこのような関係が作られるに至った歴史的背景については4話の「傾斜生産方式」に関する解説を参照されたい。

※4 ただし、マイナスの便益(=外部不経済)についてはこれを削減するインセンティブを企業に期待することは原理上難しいので最終的には法律の力を借りて国がコントロールする必要がある。

※5 企業が公共的役割を果たし得るのは何らかの理由により競争が制限されていて超過利潤を享受しているからだとも言えるだろう。ただし、だからと言って公共的役割の価値が否定されることにはならない。

※6 もちろん、何が良質で何が低俗な番組であるか自体意見の分かれるところであるが、それは本論とは関係ないテーマである。

※7 企業の公共的役割が私的財から成るものであれば、企業は躊躇なくこれを収益を生むビジネス・モデルに組み入れるであろう。なお、公共財に準じる財は一般に準公共財とクラブ財に分類される。前者は、排除費用(exclusion cost)は小さいが混雑費用(congestion cost)も小さいもの、後者は、排除費用は大きいが混雑費用も大きいものである(前掲※1、328頁)。

※8 マイナスの公共性(=外部不経済)も市場価格がない点ではプラスの公共性と同様なので、やはり公共価値の算定は難しい。

コメント1

「草野耕一のあまり法律家的でない法律論」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

「絶対これしかありません」というプランが出てきたら、通しません。

鈴木 純 帝人社長