見逃されている原発事故の本質

東電は「制御可能」と「制御不能」の違いをなぜ理解できなかったのか

  • 山口 栄一

 福島第1原子力発電所(原発)事故の被害者に対する賠償問題で、5月10日、政府は「事前に上限を設けずに賠償を実施すること」など、支援の前提となる6項目の確認事項を東京電力(東電)に提示し、11日、東電はその受け入れを正式に表明した。これにより賠償の枠組みが決着し、東電は国家管理のもとで再建に動き出した。この確認事項は、電気料金の値上げを最小限に抑えつつ、被害者への賠償責任を東電が貫徹することを前提としている点において、一定の評価を与え得る。

 しかし今後、この議論を広く進めるに当たって、課題が2つある。1つは「今後も電力事業を地域独占のままに保っていいのか」という課題。もう1つは「この原発事故の原因の本質は何か」という課題だ。

 第1の課題について、私は前回前々回において「日本の電力事業は競争環境を持つべきだ」という議論を喚起した。しかし、国はそれとは逆行するように地域独占を守る方針を固めつつある。実際、経済産業省は中部電力と東電の境目に、60Hzと50Hzの周波数変換所を大幅に増加する方針を出した。これは、今後も日本を60Hz、50Hz混在のままにすることを意味するだけでなく、地域独占を堅持することをも意味する。なぜ、こうもこの国の電力事業はイノベーションに対して後ろ向きなのか、今後もこの課題解決の方向を我々は議論し続けていかねばならない。

 一方、第2の課題はもっと緊急性が高い。というのはジャーナリズムも政府も、津波と同時に非常用電源が失われ、その結果、当初から原子炉は「制御不能」になってしまったという「勘違い」で議論が進んでいるからだ。しかし実は、事故原因の本質について、ジャーナリズムも政府も見逃している、ある真実がそこにある。それは、「最後の砦」の存在にほかならない。

 実はこの「最後の砦」は、1号機では約8時間、3号機では約32時間、2号機では約63時間稼働して、その間、原子炉は「制御可能」な状態にあった。従って原子炉が「制御不能」の事態に陥る前に、海水注入で熱暴走を止める意思決定をする余裕が、少なくとも8時間もあったのだ。しかし、東電の経営陣はその意思決定を怠った。そして1号機が「制御可能」から「制御不能」の事態に陥ってから20時間後に、ようやく海水注入の意思決定が行なわれるに至った。

「最後の砦」とは何か?

 ここで「最後の砦」とは何か。これを図1で説明しよう。

 崩壊熱で発熱をし続ける核燃料は常に冷やし続けなければならず、その冷却は、圧力容器(RPV、Reactor Pressure Vessel)の上部から主蒸気ラインを経てタービンに至り、復水器と給水ポンプを経て圧力容器に戻される循環システムによって行われる。

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 しかし、給水ポンプが壊れるなどして炉心の温度が上がり始めたら、高圧注水系(HPCI、High Pressure Coolant Injection System)のHPCIポンプが動いて復水貯蔵タンク中の水を炉心に引き込むとともに、炉心スプレー系(CS、Core Spray System)のCSポンプが動いて燃料棒の上から水をスプレーし、炉心を冷やす。さらには主蒸気ラインに据え付けられた自動減圧弁(ADS、Automatic Depressurization System)が開いて、圧力容器内の蒸気を格納容器(PCV、Pressure Containment Vessel)内に逃がす。これらHPCI、CS、ADSなどを総称して「非常用炉心冷却系」(ECCS、Emergency Core Cooling System)と呼ぶ。

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