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読者の皆様からのフィードバック

東日本大震災 立ち上がれ!モノづくり大国 見逃されている原発事故の本質

いただいたコメント

ご協力いただきありがとうございます。日経BP社は,読者の皆様からの投稿の内容につきまして,その信頼性,適法性などを一切保証いたしません。何らかのトラブルが発生した場合,日経BP社は一切,責任を負いませんので,皆様の自己責任においてご利用願います。その他,コメントに関する諸注意はこちらをご覧ください。

さらに真の理由が隠れているように思います。この10年で米国から吹き込まれた「会社は株主のもの」「会社の存続理由は毎年毎年税引き後利益を増やして、株主への配当金を増やすこと」という株主資本主義です。 自社の株主総会にも出たことがあるのですが、株主にペコペコする経営陣と、自分はまるで王様と勘違いしたかのようなモンスター株主にヘキヘキしました。 東京電力も毎年の株主総会を平穏無事に乗り切るために、原発の津波対策や電源喪失時の安全対策費をケチって、利益を増やさなければなりません。そのために政治力を駆使して、自民党に大量の政治献金をして、自民党議員を通じて官僚に圧力をかけ、原発の国の安全基準を低くさせてきたのでしょう。 海水注入で廃炉にせざるを得ない、というときに会長、社長の頭をよぎったのは会社の資産を毀損したことを株主からの追求に対する恐れで、廃炉を躊躇したという側面があると思われます。 会社は株主のもの、というヘンな資本主義を吹き込まれていなければ、原発周辺住民など、株主以外のステークホルダーのことをもっと考えた判断ができたと思われます。 駆け出しのベンチャー企業なら、会社を立ち上げるための資本金を拠出した株主が威張って「会社は自分らのもの」というのはわかりますが、東京電力のように営業を数十年もやってきた伝統的な企業において、会社の中を流れているほとんど のお金は消費者の払った電気料金であり、株主の出した資本金なんてほとんど残ってないですよね。それなのに株主総会でエラソーに「利益いっぱい出して配当しろ」と叫んでいた株主こそ、今回、責任を取ってもらいたい。(2011/05/18)

山口さんの記事の推測が正しければ、今日の我が国の経営者特に独占企業や公務員社会に所属する人たちは、危機管理能力が全くないとしか言えない人たちの集団であると考えられます。このことが技術立国を標榜してきた日本という国の衰退を来す原因と考えられますが、その基本に現在の我が国の教育にあるように思えてなりません。批判すること、現状調査をして今がどうあるかを認識することは容易ですが、いくらそうしたことを繰り返しても、調査しかできない人たちには、どうしたらこうした現状を改善できるのか、はたまたより新しい国家の形を構築するにはどうしたらよいか、創造的なプランをどうしたら示すことができるのか、はできないのではないでしょうか? 今回の大震災は、戦後65年間にわたって気づかれてきたこの国の形をゼロから皆を寿時が来たということを突き付けているように考えられます。政治家もジャーナリストも、批判すべき対象を探して、欠点をあげつらうのみで、誰も改革のプランを示すことができない情けない状況に陥っているように思えます。改革あんをかんがえてそれをはっしんすることを、その方法を考えてみませんか? (2011/05/18)

経営陣が自然災害に恣意的な確率をつけ数字を比較しただけでリスク管理ができているとしたつけです。原子力発電が制御可能とするなら、それを担保する全電源喪失時に対応できる設備投資を行い、実行のトリガは経営判断から独立なものにしておくべきでした。リスク回避の費用を宇宙船地球号の水タンク内へ放射性物質をばらまくことの代償と比べていなかった事が残念です。(2011/05/18)

本質を追求しようとする筆者の姿勢に共感します。ニュース番組に出てくるキャスターが「責任感が足りない」「倫理観が欠如しているのでは」と毎回締めくくりますが、それでは何の問題の解決にもなりません。絶対安全と想定した以上、想定外は考えないというのは、東電に限らず、日本の多くの組織で見られる光景です。米国のあるコンサルタントがマネジメント関連の本のなかで「嫌なことを考えないのは子供。出会いたくないことも考えるのが大人」と書いていましたが耳の痛い話です。心ある日本人なら今回の件(まだ終わっていませんが--)をわが事、第2の敗戦と受け止め、筆者同様に大いに失敗の本質を考えるべきだと思います。(2011/05/18)

津波到達後の対策の是非は枝葉の話であり、本質ではない。本記事や自民党の質疑が、そこに執着するのは的外れだ。津波到達前に全てのことはメカニズム的に決まっていた。津波対策関してはハード面もソフト面も不備だった。津波到達後の経緯は、科学的または論理的に事象が進んだ結果に過ぎず、必然の成り行きだった。従って本記事は、雑学の粋を出ておらず、役立たずの情報である。(2011/05/18)

今となっては当然促海水注入を行うべきだったと簡単に言えるが、技術的な原理を理解していたかどうかも怪しい経営陣に何兆円にもなるかもしれない決断を数時間で下せたとは思えません。また仮に所長が独断で注水し暴走を止められたとしても、資産を破壊された株主や電気を止められたユーザー、それに便乗したマスコミに袋叩きにされたに違いありません。それを考えれば、多くの生命にかかわる判断を感情に流される人間でなく、あらゆる危険を想定したうえでマニュアル化しておく必要があったのではないでしょうか。(多くの方も言われている通り)(2011/05/18)

「設計者のインテリジェンスの低さ」と認識したとするコメントに反論します。国の運営含めた組織運営を見れば判ると思いますが、技術者他の意見、情報、良心は、より上司の立場の思惑と政治力で全て都合の良いように解釈して実行(上書き)されます。つまり、意思決定側の問題です。箱物建設でも科学的ではない手法で願望・妄想的需要予測が信じられた事にするように。そして、次に運用時の問題です。判断力の無い上層部に意思決定権があり、コンプライアンス上現場に権限が無く、いたずらに時間を浪費するか、問題発生まで先送りします。コスト削減で現場まで只のマニュアル作業員にしたり、訓練や改修をおざなりにしたりします。イエスマン問題然り、情報収集から意思決定・判断が正しく行われない、その能力が無い人間に権限がある事が全ての元凶です。40年前のインテリジェンスで作られたままにするインテリジェンス?こそ大問題なのです。(2011/05/18)

2点だけ指摘します。1点目は東電による15条通報をした時点から、政府は法律に従い審議グループを挙げて、電力会社を指揮する権限が有った事。2点目は毎年続けられる原子炉災害訓練のシナリオ通りに、経済産業省の官僚が不在の東電の社長を自衛隊機に乗せたが、北澤大臣の命令で名古屋に戻され翌日10時に自力で東京に戻る羽目になった点が見落とされています。(2011/05/17)

山口先生どうもありがとうございます。 福島原発で何があったのか不思議でしたが、とても良く判りました。 しかし、申し訳ありませんがベント(排気)弁開の権限が東京電力上層部であるとの先生のお話には違和感を覚えます。 そうであると、東京電力ではいつの時点でもベントできたことになります。 電源喪失で冷却水注入が出来なくなった直後にベントを開にして原子炉内圧力を下げて、消防ポンプで給水すれば良い訳です、この時点では燃料棒は露出していないわけですから水素も出てませんし、放出される放射能もほんの少しです。 でも昨日の国会での海江田大臣の発言「放射能の拡散を勘案してベントはあの時点まで出来なかった」はいったいなんだったのでしょう、この発言ではベント許可権限は政府にあったと考えられます。 もっと言えば政府に情報を伝える原子力保安院は何をしていたのでしょう。 電源喪失直後に保安院の人員が現地にヘリコプターで飛んで現地と政府の情報伝達を行えばこんな事態にはならなかったのでは・・(保安院の人員が召集に集まらなかったのは、現地に行かされるのがいやで逃げたとのうわさがあります) 私は今回の事故は、東京電力の責任はもちろんですが、原子力保安院及び政府の責任も同じ重さの責任があると思います。 (2011/05/17)

詳細な解析、敬意を表します。確かに、初動対策がまずい、1号炉で爆発した時点で、2号炉3号炉になぜ海水を入れなかったのか、社長の責任とともに強く進言する人は居なかったのでしょうか。しかし、重要な点が2点。(1)原子炉のよなパイプで結ばれているプラントで、配管事故が発生して放射能を浴びた水が出てきたら、修復が可能かどうか。(2)今回の事故で対処を難しくているのは、燃料プールで、燃料棒の数から言って、原子炉以上に厄介なのではないか。こちらもメルトダウン状態で移動が難しく、しかもプールは簡単な構造で水漏れに対しては手立てがないように思います。とにかく、注入する冷却水の回収系を急がないと手がつけられなくなると思います。(2011/05/17)

経営者の責任ではない、事故時の対策を決めていなかったからだ…というようなコメントがいくつか見受けられますが、対策を予め決めておけと指示をするのも経営者の責任だと思いますよ(で、いくつかの事項については外部からも指摘を受けている-津波対策不充分だとか、非常電源の2重化が名ばかりであるだとか-のに動いていないです)。 なんとしても経営者の責任を責めたくない、というのでなければ、思い違いだと思いますので、ちょっと指摘を。(2011/05/17)

筆者の論点は概ね正しいと思いますが、今回の事故でつくづく思ったのは、原子炉という危険なテクノロジーに対する設計者のインテリジェンスの低さです。元々世話を見続けなければ暴走するのが原子炉の宿命です。それに対して電力が失われたことに対する対策が無いに等しいとは、驚き、より悲しくなります。自己完結的に、発熱し続ける限りそのエネルギーを利用して、自身を冷却、放熱、循環を永遠に続けるシステムを、何故設計に盛り込まなかったのか?現在のテクノロジーで簡単に実現できるシステムなのに、最新最高のテクノロジーで守られていると思われた原子炉が、こんなローテクの塊であったとは驚きです。 確かに経営者として事故後の対処は弁護の余地は無いと思いますが、その前の段階で原子炉を運営する責任として、最新の技術をつぎ込み、最大の安定を追求するのが、原子炉という危険なテクノロジーを運営する企業の最大の責任であったと思うのです。そう有意味において、所謂、専門家と言われる東大の教授陣、官僚達も東電経営陣を同罪だと思います。(2011/05/17)

東電の過失はご指摘の通りでしょうけど 擁護する気はさらさらありませんが 一概に東電批判だけで済む問題なのでしょうか? ただ本質を語るのであれば 原子力災害に対しての国のあり方も論じるべきでは? 今回、報道の中で、国の規定上では 「長期にわたる電源喪失は考慮しなくて良い」 とされているとありました。 システムセキュリティと似ている話ですが、 多重防御の考え方の思想と同じ思想で 原発は設計されていますが、やはりどこまで考慮するかが ポイントになりますし、その分岐点が法で決まっている以上 これを超える過失については国側にあるのでは? と思ってしまいます。 原子力災害に至っては、飛行機事故などとも比べようがない災害です。 海水を入れる判断がもし早かったとしても、今までの事例上、 例にないことですし、海水を入れたことによる機器の劣化が 及ぼす影響を民間企業で判断できるものなのでしょうか? (冷温停止に至らせるまでは長期間安定冷却しなければならないので、機器類の破損のデメリットは判断が難しい問題では?) 自分としては、原子力災害にあたる船頭になりえる国の機関が 存在しなかったことが最悪の事態を招いた本質だと思います。 #16時には東電は国に報告をしていたわけですし #そのような機関があれば、東電経営陣不在とは関係なく #コントロール出来たのではないでしょうか 今回は東電でしたが、各地域電力会社はそれぞれ 抱えている技術者レベルも、経営陣のレベルも異なるでしょう。 それに国の将来を委ねるのはいかがなものでしょうか 原子力安全委員会や政府が機能しなかったのも 会見内容で明白でしたし まだ全容が公開されていないプルサーマルの三号機に いたっては、プルサーマル推進を行った国が 物理限界の境界を判断出来なかったとも 言えるのではないでしょうか? (2011/05/17)

5月16日深夜、1号機の非常用冷却装置がいったん動いたが10分後停止など現場が混乱している状況が報じられている。それに加えて、東電トップ連中の抵抗。海水注水は大幅に遅れている。この事態を解明するのは、現場の責任者である吉田所長の証言が絶対に必要となる。(2011/05/17)

『日本の独占企業が、「インテリジェンス」を持たない経営陣を選び取ってしまうこと。それは、もはや「日本の病」に通ずる』という指摘は正しく、旧日本軍も同じ病に冒されていました。内部告発すれば特高に捕まり拷問を受けたと聞きます。 「絶対安全と一旦口に出してしまった以上事故が起こることもその後の対策も考えない」という考え方とか行動規範は日本人の言霊信仰とあいまって、かなりの影響力を持っています。すぐに「思考停止状態」に入り「専門家」という自分好みの呪い師に占ってもらうのです。だからこそ「天皇」という呪い師にはすぐに慰撫されてしまうのでしょう。さてどうすれば良いのか?残念ながらここには書ききれない。 (2011/05/17)

この記事の大枠については私も同意しますが、海水を入れるタイミングについては、その時の経営者の判断に直接求めることもひとつの案ですが、緊急時の体制をきちんと作っていなかったことに求めるべきではないかと思います。一号機には8時間というタイムリミットを決め、必ず冷却させるようにと言う指示を日頃から出しておくべきでした。実際の対応は、他に手段がなければ、発電所の所長が海水を入れることを判断するで良いでしょう。緊急時の権限の委譲が出来ていないと思います。(2011/05/17)

非常に重要な指摘であると思う。最初の一両日の報道の何かを隠しているような不明瞭さの理由がようやく分かった。 既に起きている災厄は取り戻せないが、今後の方針決定に重要な資料と言える。 当然、東電の賠償負担の決定と今後の処分にも考慮されなければならない。 もし、この説明に重要な事実誤認があるというのなら東電は一刻も早く疎明すべきだろう。(2011/05/17)

経営陣の判断の問題でしょうか?日本全体の原発の専門家、安全対策の担当組織全体の問題ではないでしょうか?「物理限界」が明白でるのであるから、原子力技術のように事故発生時の影響が致命的に甚大な技術であれば予めその事態が発生した際の対策手法を想定決定しておくべきでしょう。事態が起こった時点で原子力技術に素人の経営陣が判断するのでは間に合わない事は当然あり得ることです。そもそも、電力会社の経営陣にこのような判断を委ねることは無理であり、そのために国が設けた安全対策の組織があり、電力会社等の原子力技術の安全対策組織があるべきなのではないでしょうか。筆者が書かれているような現実に起こった事のシナリオの想定は可能であり(事実GEでは想定していたいう新聞記事がありました)、その対応策と執行責任を個々の原発で決定しておかなかったことが問題で(私にとっては、最後の砦の「物理限界」が明白なのにそれが崩れた時のシナリオと対策が無かったことの方が驚きです)、経営陣の責任は、事故時の判断よりも、その様な措置を事前に専門家にやらせておかなかった事にあると考えます。この責任は原発の専門家、安全対策の担当組織も含めて大変重いと考えます。(2011/05/16)

とても興味深く拝読いたしました。 今回加害者となった企業のトップの判断の甘さは、しっかりと追及していく必要があります。 どうも日本の組織の多くは精神論に走る傾向が相変わらず是正されていない様に感じます。 ただ、今回の記事に限らずあまり見かけないので思うのですが、これだけの独占企業であり国策企業であり国家レベルの危険物を扱っている企業の失策をバックアップできなかった政府の責任はもっと深刻であるはずです。その点についてもいずれ言及していただきたいと思います。(2011/05/16)

電力会社は電気事業法等でしっかりと守られた独占企業であり、民間会社だと思うと見誤ります。役所であればまだしも、時として民間の振る舞いをするので役所以上にたちが悪い。総括原価方式で算出される電気料金は、コストに利益をそのまま乗せて恣意的に割り出すこともできるため、大きな経営努力をしなくても会社は存続します。さらに言ってしまえば、出世レースで生き残る経営陣は、企業経営のセンスを持つ必要は無く、独占体制を守り抜く政治力を持った人が経営陣に居並ぶ結果となります。そして今現在でもその既得権益を死守するためにあらゆる政治力を駆使し続けている実態も忘れるべきではないと思います。 原発について言えば、海水注入まで非常時のマニュアルに記載されていたと聞きます。しかし、残念ながら今回の「想定外」の事態に対してこのような経営陣の意志決定は、余りに脆すぎる。今回の問題点を学び、体制を含めどう改善できるかが、今後も原発を保有し続けるべきかどうかの判断の分かれ目になるのでしょうか。 (2011/05/16)

■浜岡原発を止めたはいいんですが、核燃料の崩壊熱対策をどうするかの報道がさっぱり出てこないんですよね。冷却し続けないといけないのに。 ■このまま浜岡が地震に襲われて電源を喪失したら、福島と同じ事態になりそうです。 ■以前、フランスのベンチャーが海中に沈めて海水で冷却するタイプの小型原発を開発したと発表してました。多少眉唾ですが、使えるのなら核燃料を封入して沖合いで保管できるのかもしれません。(台風や津波の時に船が沖合退避するみたいに)(2011/05/16)

プラント制御の意思決定権はプラント所長に持たせるべきで、本社の経営陣に最終判断をさせてはいけない。今回は本当にばかげた出来事だ。(2011/05/16)

事実とするとこれは大変な問題。(ご説明を見る限り疑う余地が無い事実ですが。) 同じような事は今の日本では大小の違いはあれど蔓延しているように思います。経営者は利益だけを見て、権利を振りかざし責任を果たしません。これは従業員にもいえることですが、なにか色々なモノがが狂ってきているように思えます。 残念ながら技術分野において経営者が有事の際の判断を行えるか?難しいと思います。 もし原発に居合わせた技術者が上からの指示を待たず、もしかすればすべての責任をかぶり成功したとしても反逆者と言われてしまう犯罪者になる覚悟がなれば正しいことが行えない。そんな日本になってしまったのでしょうか。 (2011/05/16)

 山口先生の結論から完全に欠落している要素があります。それは「仮に現実的に最速の経営判断が下されたとして、物理的なベント作業や海水注入が間にあったのか?」という当時の現場状況を踏まえた判断です。  津波により海水系のポンプが全損していたため、実際の海水注入には消防ポンプを仮設して使用したことが明らかになっています。その作業は大津波警報が解除になるまで開始できません(仮設ポンプが津波にさらわれたらば、今度こそ打つ手が無くなるため)。ベント作業とポンプ仮設作業は同時並行で行えるとしても、建屋への立ち入りはやはり大津波警報解除後に線量確認をしてからとなり、メルトダウン前に海水注入まで進むには、非常事態発令と同時に決死隊の編成を命令し、作業員を10人ほど放射線被曝で死なせる覚悟がなければ間にあわない勘定になります。軍の原子炉ならまだしも、民間企業に特攻隊を編成する事を現実論として期待されているのでしょうか?  また、東電から公表された最新情報では、メルトダウン開始想定時刻は11日の19時頃となっており、つまりICは機能していなかったことになります。 (2011/05/16)

一昨年の東名高速道路牧之原SA付近の崩落事故当時、高速道路無料化のスタートと相まって様々論議がなされたことを思い出します。そのとき、政府側の答弁として素人目にも復旧は困難と思われる復旧日程をアナウンスしたことを覚えていますが、現場技術者の見積もりに基づいて日程を公表しているとは思えませんでした。私は技術者ですが、技術者と一般の人を分ける最大のポイントは「専門家としてその人がやると速い」ということで、先を予知できる程度に制御範囲に持ち込むのが設計という作業だと思います。それを扱う経営者や政治家は、経営の専門家として技術者の意見を尊重するのは言うまでもないことだと思います。(2011/05/16)

 アメリカ西部やイギリスなど、実際に競争環境に置かれた電力会社において、安全性や供給信頼性が等閑に付されて大規模停電を引き起こしたという事実を、どうご説明されるのでしょうか?  競争環境に置かれた場合、最も割を食うのは自社の直接競争力に貢献しない基幹送電インフラです。アメリカもイギリスも発電所は立派になりましたが、それを送る送電網が恒常的な投資不足により過負荷となり、大停電を招いてしまいました。  日本で発送電分離を行っても、結果は同じです。なぜならば、送電インフラ強化の便益は、経済原理ではなくキルヒホッフの法則等の物理法則によって分配されるため、投資した者以外による「ただ乗り」を防げないからです。(2011/05/16)

5月16日の日経朝刊では 「1号機は3月11日午後6時頃に燃料棒の露出が始まり、午後7時半頃には燃料棒が全て水から露出し、午後7時50分頃には一部の燃料が圧力容器の下部に落下、午後9時には燃料の融点のセ氏2800度に達した。」と報道されています。 これによりますと、 「3月11日16時36分に非常用炉心冷却系(ECCS)が止まってから8時間は、1号機は隔離時復水器(IC)が作動して「制御可能」の状態にあった。」と筆者がお書きになっている「最後の砦」が全く機能していなかったことになります。 この違いをどう理解すれば良いのでしょうか? (2011/05/16)

東電の経営陣を弁護するつもりはさらさら無いが、筆者の言う技術経営の問題だけではないと思う。 技術者の悪い特性に、相手の理解力やニーズに合わせた説明ができないというものがあると思う。 経営陣に対して、各原子炉の海水注入のデッドラインと注入せずにデッドラインを超えた時のダメージ(炉心溶融)を説明すれば、デッドラインを超えてしまうことは無かったのではないだろうか。(2011/05/16)

5/16国家で議論されているが、筆者及び読者の議論のほうが優れている印象です。税金を使った(国会議員の)議論はもっと国民のためになる議論をしてほしいと思いました。地域独占企業体制は、この事故を契機に(時期的には遅れたと思いますが)改められるべきと思います(スマートグリッド等先進技術の促進取り込みも含め)。(2011/05/16)

 東電の経営陣の能力の低さを明瞭にする良いレポートと感じますが、ただ、そのような当事者能力のない経営陣がなぜ形成・放置されてきたか、という点まで踏み込んでほしかった。  独占企業・官僚・御用学者の癒着と、米国の核戦略に従順に従い原子力政策を推進することに邁進することで権力基盤を維持した政治家、そのプロパガンダに総動員されることを是としたマス・メディアの愚、、、等こそ、今回の事件の本質であり、政策科学の視点から告発すべきことではないでしょうか? NHKが1994年に放送した「原発導入のシナリオ~冷戦下の対日原子力戦略~」が告発した内容は、更に深く検証されるべきだと思います。(2011/05/16)

本コラムでは”実はこの「最後の砦」は、1号機では約8時間、3号機では約32時間、2号機では約63時間稼働して、その間、原子炉は「制御可能」な状態にあった”と記述されていますが、少なくとも1号機に関しては認識違いではありませんか。下記URLの東電資料によると、津波到達後4時間程度で冷却水の水量は燃料棒下端に至るまで減少していますし、津波到達後5時間半程度で炉心温度の上昇は燃料の融点に到達し、ほぼ同じ時間帯に燃料の大部分が損傷しています。「最後の砦」はほとんど機能しなかった、あるいは有効でなかったと判断するのが妥当ではないでしょうか。そうだとすれば「最後の砦」も甘い想定に基づくものだったと言えます。2号機と3号機の方も怪しいですね。  <東電の平成23年5月15日資料>http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110515k.pdf(2011/05/16)

とてもニュートラルな観点で、問題の本質を明らかにさえています。 経営層のインテリジェンス欠如に起因するリスクマネジメントの問題は、日本の他の産業界や政治界にも蔓延しています。(トヨタ・ソニー・尖閣問題然り) 東電に限らず、近視眼的な思考に陥らないためには、一切のしがらみを持たない、カルロスゴーン氏の様なDNA注入が必要なのかも知れません。(2011/05/16)

今迄の経済発展に於いて、原発が全て悪いとは思わないが、「人の手で最後まで収拾できないものは作らない」が、持論です。 よって、廃炉技術の確立が出来ないうちは新規は作らない。 こと、東電に関しては、一旦、足利銀行方式で国(国民)の管理下におき、徹底的にリストラクションを実行し、再度事業を開始させる。発電・送電の切り分け、電力の自由化。国内Hzの統一化。話は違うが合わせて、NTTもよく見直す。JRもよく見直す。何故ならば国民に大切な公のものだから。。。(2011/05/16)

若い頃、Co-generationの日本での普及に奔走しましたが、「電気事業法」の厚い壁を楯に、9電力に門前払いを食らい、挫折した経験をしています。その頃、原発関係者の傲慢さに驚いたことを思い起こします。例えば、専門的な技術内容を説明しても分かりっこないから、包括的に安全であることを印象付ければいい、という基本的姿勢など、その最たるものでした。今回、この傲慢さが脈々と健在であることを再認識させられました。この傲慢さを堅持させていた「原発村」の一村民であった自民党から、民主党へ交代があったことを、この村の崩壊と期待したいところですが、甘いでしょうか?この村が多少なりとも瓦解し、自由競争の重要性とその真価が理解されれば、日本における真の民主主義・自由競争の開花をも期待する一助にもなろうかと感じているところですが。 (2011/05/16)

結果ありきのストーリー仕立て。この手の話に仕立てるのがマスコミとかは大好きだか、筆者の立場としてはどうか?根拠が伝聞ばかりであまり意味を持たない。東電規模の会社なら意思決定はどんなに早くとも此れ位はかかると感じるのが一般的なサラリーマン。それより東電社長を震災当日に足止めした政府のスタンドプレーとかの方に危機管理の無さを感じる。(2011/05/16)

1-3号炉の制御不能が東電の判断ミス(海水投入およびベント時期)に起因するものならば、退陣が予想される経営陣の刑事責任の追及を来月の株主総会終了を待たず始める必要がある。 (2011/05/15)

宮崎の口蹄疫の時も知事の無知によって広がりました。獣医師としてテレビニュースを歯がゆく思ったものです。白い防護服も同じです。政策の判断と現実の認識とはかくも違うというか、能力や教育の差が作る遅延だと思います。頂上に立つ者は常に、さらに頂上を目指す志が必要と思います。(2011/05/15)

現役時代は化学プラントにかかわっていた者です。このような設備がされていたことは初めて知りました。それを生かしきれなかったことは、その後の事態の深刻さから、極めて残念なことです。それが経営陣の安全第一を離れた思惑によるものだとしたら、言語道断。しかし、現場を知り尽くした運転、技術陣が、その先に起こり得る事態を重い、それを押し切って敢然と行動できなかったものでしょうか。残念です。 (2011/05/15)

海水注入は廃炉覚悟だから、東電は発電所長にはまかせない。ベント(ドライ)は格納容器雰囲気をそのまま環境に放出だから、放出気体の組成は水素爆発して出るものと差がない。日本国土の汚染に対する責任を考えて、所長にはまかせない。しかし所長が例えば、「これらの作業準備を開始するから、1時間以内にgoの許可を出してくれ」、と本社に訴えていたかどうか。本社も現場判断を尊重して早い時期にgo命令を出していれば、ここまで進展しなかったかもしれない。しかし、あの社風を見る限り、東電にはそのような人材も組織もなかったと思う。一方朝日茨城版(5/14)によれば、原電東海は、「ベント」は誰が判断するか、という質問に「発電所の所長です」と明確に答えていた。しかし、原電でも敦賀1号はまだドライベントも設置しておらず、平成23年度下期実施予定とのこと!! 但し、日本のドライベントは格納容器雰囲気をそのまま環境に放出だからまずい。欧州のようにベントラインに何らかのフィルタを備えたフィルタベントシステムとすべきである。(2011/05/15)

事故後、ようやく真っ当な記事を読んだ。感謝したい。 浜岡原発の停止や、全国の原発運転の是非に関わる本質はこの問題に大きく関わる。 福島は進行中として現場の方々に頑張っていただく以外にはないが、学術的視点からは地震の確率は別に議論していただくとして、今回の指摘のような判断が原発を持つ他の電力会社等にできるかが喫緊の課題。罹災時に廃炉判断を、「誰が、どのような速さで、どのような根拠をもって」行えるかが明確に電力会社から説明されない限り、各原発を一時停止して欲しいと思わざるをえない。今まで「起こりえない」としていた事象を、「起きたらどうする」に早急に転換しなければならない。 政治にはこの辺の舵取りを誤ってほしくない。(2011/05/15)

原子炉隔離時冷却系の存在は以前から報じられていると思うのですが?別に政府もジャーナリズムも見落としているわけではないと思うのですが? 筆者の論に共感するコメントが多い理由が理解できません。情報が多すぎて皆さん消化し切れていないのでしょうか・・ 海水注入が遅れたのはそうなのでしょうが、それは躊躇したのか、作業環境が悪すぎて遅れてしまったのか、そこは今後検証されるのだと思いますけど。(2011/05/14)

▼非常に良く事故の背景が理解できた。別の方がコメントされていたが是非とも大手新聞で発表してもらいたい内容だ。技術経営に関して批判はあると思うが、たとえ社長が経理畑や資材畑であっても技術を完璧に理解していなくても問題はないと思う。そこには「私は原発への理解が深くない」という認識があって、あまり分かっていないからこそ<<全権をゆだねられる>>技術と経営を橋渡しする副社長なり原発所長を育成し配置していなかったことが問題だと思う。▼全権をゆだねられる=互いに信頼関係にあるということ。東電も政府ももっと機能して欲しいと強く願う。(2011/05/14)

現状のような解決の目処がなかなか立たない事態を避けられたかもしれない決断のための余裕が8時間もあった、と理解しました。経営トップに、事態がどこまでどう推移したら決断しなければならないかの知識、判断材料が足らない場合は真に最悪の事態を想定して決断する覚悟、が無かった、見かけだけではなく実効性のある危機管理能力、管理のための体制が無かったように思えます。競争相手の無い、すなわち淘汰される可能性の無い地域独占にあっては生じやすい事態と思えます。官僚主義の横行です。スマートグリッド、再生可能エネルギーへの転換を進める気がないように見えるのも、根は同じでしょう。東電だけではなく、日本のエネルギー政策自体の問題ですが。加えて日本にある、物議を生じさせるが必要な議論を避けるという悪癖が背後にあり、安全確保・危機管理のための本当に必要な議論と実行が実はなされてこなかったのではないかとも考えています。(2011/05/14)

核反応、プラントの特性からこの解説の現象は推定できた。報道記者には無理かもしれないが、原子力の専門家でなくてもプラントエンジニアなら解ることである。事故の初期にこそ、このような原理を理解して処置判断すべきことである。大規模プラントを操業する企業の経営者は、事故時には周辺への悪影響や最悪時の処置まで予め考えて対応し、訓練もする。  東電の場合は、TOPに判断能力の無い無能者がいたことが組織的な大問題であり、この点が改められない限りまた起きる。 技術的責任者には権限が無く、現場で腹をくくれない大学教授が設計指針を決め、日本流の間違いは起こしても責任は取らない官僚機構が管理をしては、無能者の集まりであり、起きたことは人災である。このような体制には 原子力という危険な道具は任せにくい。 (2011/05/14)

この問題の本質は、こんな人間に経営を任せてしまう会社の人事でしょう。これがこの会社の本質でしょうし、治ることはないのでしょうね。ちなみに地元の電力会社が先日まで一番力を入れていたのは、交通事故防止です。そのために、某自動車学校へ委託をしてその試験(電力会社用の)受からなければ車の運転はできません。安全運転自体は悪いことではないのですが…、それが一番重要人事評価になってしまう会社なんでしょうね。(2011/05/14)

「執行猶予」の時間内に何も決められなかった。当時東電社長は関西にいて、自衛隊のヘリで帰京する積りだったのが出発直前に防衛大臣の意向で取りやめとなり、別途帰京の方策をひねり出さねばならなかった。現場の所長は組織の指揮命令系統に忠実すぎて、越権行為を行ってでも炉心暴走を食い止める決断ができなかった。副社長以下の中間管理職は万一の自分に対する災難を恐れて当然決断を嫌った。全てが裏目に出たマーフィーの法則。   それにしても、地震発生以降、測定用の計器類がどの程度正常に作動していたかについてのまとまった報告が無いのは何故だろう? 情報隠蔽に都合が良いことは明らかだが、もうそんなことを言っていられる段階では無いのに。   学者や解説者が炉心溶融についてほとんど触れてこなかったことは、はたしてプラスに評価すべきなのだろうか?むしろ、政官産学マスコミ、五者癒着構造に因るもので真に罪深いと言わねばならない。(2011/05/14)

自民党はいまだに首相の視察=ベント作業の遅れ=人災という式ですべてが説明できると思っているようですが、この記事の分析の深さに比べて、あまりに浅はかです。国の存亡にかかわるともいえる非常事態に、あのようなレベルの低い論戦が国会で延々と繰り広げられている事態を、深く憂慮します。それと、東電の幹部が事態をまったく判断できなかったということの意味ですが、そのような人材しかトップにいない組織の危うさのみならず、理解できる現場の技術者の意見をしっかりと吸い上げる体制がなかったという点で、二重の欠陥があったと言わざるを得ません。電源喪失が想定外というが、電源を(どこからとるのかということも含めて)3系統以上にしておくべきだったことは素人でも考えつく対策。このような組織に原発の管理運営を託したことが、最大の人災でしょう。(2011/05/14)

日本にも技術系で責任を取れるシステムはある。大きな病院と、大学だ。そのシステムにも問題があろうが、部長や学部長以下の組織は一つの独立した組織として機能し、例えば東電にこのような組織があれば、あるいは別の結果になっていたかもしれない。半分の役員を株主側から、残り半分を会社内の投票や信任で選ぶなどの方法だ。大企業になるほど全ての業務に精通した人材が乏しくなり、サラリーマン社長とその取り巻きの経営になるものなので、こういう方法も有効ではないだろうか。(2011/05/14)

 ようやくメジャーなメディアから、この様な記事が出て来る様になり、嬉しく思います。不十分とはいえパッシブセーフティーでの時間稼ぎが生かせず、このような事態になったこと。本記事も含め、読者側のコメントも参考になります。  この東電も最悪な部分が出ましたね。先輩方の責任の方が重大ですが、最前線の福島第一に居る社員、関連・協力会社員が本当に心配です。   仕事ができる奴が昇進するのではなく、自分に都合良い奴を昇進させる。その様な取巻き連中で出来た経営陣、そして裏では互いに足を引き合う。何処も同じと言われればそうですが、今ここで起こして欲しくはなかった。それだけ人としてのレベルが落ちたとゆうことでしょうか。(2011/05/14)

経営陣が技術を理解できなかったからだというのは微妙に違うと思う。理解していたとしても、政治的、ビジネス的理由で無視できないリスクを無視してしまう組織マネジメントと、その背後にある組織文化の問題が最も本質的。チャレンジャーやコロンビアの事故調査報告書で指摘されている、組織文化や意思決定過程の問題は、今回の原発事故にもそのまま当てはまるのではないか。(2011/05/14)

至極当たり前のことだが、原発というのは今回のような大事故が起きると致死量の放射線が出るから基本的には人が近づいて修理することができない。それをどうしてもやるなら何十人もの決死隊を募り順番に突進して分秒単位の連携ブレーをすることになる。しかもそれですら直せるかどうか判らない。第一決死隊に応募する奇特な人材など今どきそうそういないだろう。直せなければ永遠に広範囲にわたって放射能をばらまき日本どころか世界中を汚しあらゆる動植物に被害を与える。だから壊れたら直せない、直せないと世界が滅ぶという大きな矛盾を抱える大型の原子力施設は本来作ってはいけないものなのだ。 (2011/05/14)

安全対策が何重にも施され、安全機構が機能しているうちに打つべき手を打たなかったから、技術者ではなく、経営陣による人災だと述べられておりますが、海水の注入の判断基準とタイミングとその後の対処法まで含めて、あらゆる可能性をつぶしこんで段取りをマニュアル化していなかったことは技術者の失態であっといえるでしょう。私は技術者で、海外にも展開する日本の大企業で働いていますが、日々の業務の中で普段から日本人の仲良し体質からくる、感情的な判断を優先する技術論にストレスを感じています。たとえ技術者であっても、日本人、日本企業に真の理性的な判断、技術的議論が出来る人物は多くないと感じます。必ずしも非技術系の経営陣だけの責任ではないでしょう。廃炉にするかしないかの判断を経営陣に依存してしまったのは、技術者の怠慢です。起こりうる事態を洗い出し、対応を検討し尽くしておくべきであったはずです。2重3重の安全装置を設けたら、もうこのあたりから先は経営の問題だし、きりがないからやめておこうという集団真理が危機対応を議論する場でも働いたであろう事は想像に難くありません。(2011/05/14)

安全対策に関する弊社での経験ですが、技術者ばかりの職場で行われた避難訓練の準備会議において、対策が未検討なままの問題項目を提起した意見に対してその場の結論は「これは訓練だから、波風立てずにひとつ穏便に・・・」というものでした。そもそも人の心理には問題を問題と考えずに平静を保とうとする働きがあるといいます。地震が起きた後、確たる判断材料もないのに、津波は来ないと思い込んでしまうのも、人の性ということらしい。震災後の落ち着いた行動を見ても日本人はその働きがもともと強いのではないかと思わずにはいられません。大きな美徳でもあり、重大な欠点でもある表裏一体の特質であると感じます。海外であれば、我先に逃げ出し、略奪や、暴力行動が当たり前に発生する。これは危機を強く意識しているから自己保身の行動が強く励起されているからで、それを行動に移すことによって、解消しようとする。日本人は問題がそもそもなかったかのように振舞うことで、安定を求めているようです。普段からこうした事なかれ思想が危機に対する備えをおろそかにさせていると感じます。(2011/05/14)

かなりな範囲で同感です。しかし、一部のコメントにあるように現場が初動8時間の範囲で、そこまで冷静に状況を把握し行動できたかは疑問です。海水注入が可能な手段と能力があったら、ここの所長は本店の指令を待たずにやっちゃてたかもしれません。 それはともかく、経営陣に短時間にそのような決断をできる人たちがいなかった可能性は高いと思います。 しかし、この構図は同様に、事前に地震や津波による事故の可能性に数々の警告が多くの人々から発せられていたのに無視し続けた東電経営陣、保安院、安全委員会、主流マスメディア、御用学者ついても言えるのではないでしょうか? なぜ、これらの警告が無視され続けたのか?更に、いまだに無視していたことを正しかったと信じている人たちがかなり多いことはなぜなのか、いちど考察していただけないでしょうか。 多くの原発は、フクシマ前夜かもしれません。浜岡原発は停止しますが危険性はまだ数年(?)続くことですし・・・ (2011/05/14)

これからの検証を待ちたいと思いますが、「物理限界を特徴づける境界の位置と特徴、そして構造を東電の経営陣は理解できなかった」のならまだマシかも知れません。むしろ「制御可能な間に対策を打とうとしたが実行出来るだけの資源(人的資源、動力源、設備)が無かった」と言う弁明が出そうな気がします。何故無かったかと言うと「ここまでの地震と津波は想定外」だったから準備していなかった。何故想定外かと言うと「地震・津波・その他ありとあらゆる災害、事故まで考えてそれらに対策を講じていたら原子力発電がコスト的に不可能だから、意図的に想定外として可能性から除外した」からです。(2011/05/13)

何が起きたかの推測については、日本学術会議(http://www.scj.go.jp/) による海外アカデミーへの報告(5/2付)は引用した方がよいと思います。日本学術会議は信頼性高い組織ですし、しかもこの文書は公的な海外科学者組織に向けたものですから責任の重みは一科学者の書いた文書や週刊誌記事とは比較になりません。(2011/05/13)

ICが機能したどうのはニュースでも言っていたことだが、発電設備なのに自分の分の電気を自己完結できないシステム自体が不思議でしょうがない。それはスチーム駆動の機械式冷却でもいいが、主発電部分は放射線管理区域の中枢内だろうから、露出していてなどという事で即座に潰れた訳では無いはずだ。発電機の回転制御など当然バイパス回路があっておかしくないし、原子炉自体は溶けるほどカロリーはあるのだから反応を止めた所で発電冷却には困らん筈だ。外から電気を取るという片方のシステムしか無かったというのは、最初に造った時のちっさいケチりが原因か。それが判例となり、後の原発に蔓延しているのではないだろうか。(2011/05/13)

正にその通りの見解である。今回は文系の経営者が技術を理解しないことによるミスジャッジだったと言える。しかし本来、経営者は文系の内容か理系の内容かに関係なく、経営を左右する重要案件についての最終判断は常日頃からどのようにジャッジしなければいけないかをきちん知って置くべきであり、リスクマネージメントの欠落と言える。そう言った意味から東電の経営者は落第と言うことになってしまう。東電に限らず、引き続き発生したユッケの問題でも、経営者の判断の甘さを感じてしまったのは偶然ではない。(2011/05/13)

明快な論説に敬意を表します。今回の事故に関して私の中でずっと解決できなかった疑問が,そもそも原発は発電所なのに,外部電源がないと安全に止められない,そんなのあり?ということでした。熱エネルギーを運動エネルギーに,そして電気エネルギーに変えるのが発電所なのだから,緊急時に外部電源なしに熱エネルギーを制御するしくみをあらかじめ用意しておくことは技術的にそう難しくはないはず。なぜそのことが全く話題にならないのかが不思議でした。そういうしくみは実際あったのですね。あったけれども持続時間があまりに短かく,そのタイムリミットとともに原子炉が制御不能に陥ることの意味を,東電幹部は全くわかっていなかった。まさしくヒューマンエラーが起こした事故と言うほかありません。(2011/05/13)

 この事故の本質的原因は海水注入の決断遅れという単純な理由ではなくもっと複雑である。海水注入がタイミングよく行われたとしても消防車のポンプ圧力は0.8Mpa程度 に対し炉内圧力はADS作動後でも0.8Mpa前後で変動しており、その結果は周知の通りである。所詮消防ポンプ車では能力不足である。早期に海水注入したとしても放射線放出総量が少し減る程度である。  原因の第1はやはり電源設備の津波対応が不完全であったこと、次に非常時の現場対策(電源、高圧注水ポンプ車等の用意)が全く出来ていなかったことである。従って責任は設計者、現場管理者、経営者、安全委員会が夫々負わなければならない。特に第1の問題はこれまでに各方面から指摘されていたことであるからそれを放置、無視してきた経営者の責任は大きい。また1号機は初期設計のICのまま放置してRCICを設けなかったことも問題である。(2011/05/13)

全くの素人ですが、事故発生当時、何故時間を追って次々に事態が悪化していくのか、原発のプロ(のハズ)の人間が大勢集まって何をモタモタしているのか、テレビの前でヤキモキしていたことが思い出されます。電源喪失と燃料棒の露出の間にかなりの時間差があった理由、それも各号機間に差があった理由がようやく納得できました。 残る疑問は、テレビでたびたび見かけた物知り顔の学者先生たちからこの話が聞けなかったのは何故かということです。私が聞き漏らしただけでしょうか。視聴者の味方を気取るテレビ局がどこからか圧力を受けていたのでしょうか。 やってしまったことそのものは取り返しがつきませんが、せめて他の原発で「同じような愚行」を繰り返さないよう、よくよく反省してもらいたいものです。(2011/05/13)

 超巨大エネルギーシステムであり、且つ非制御時の出力反応が常に「正方向」に進行する「原子力発電システム」に於ける非常事態への対処方策があまりにも脆弱すぎるのではないかという疑問が何時までも抜けきれませんでした。しかし、今回の記事によってその疑問もようやく解けました。  今回の記事から感じますことは、原子力発電所が危機事態に陥った場合の、各危機レベルに於ける対応処置手順が全く用意されておらず、全てがその時その時の「誰かの判断」で決められていくという、おそろしく場当たり、且つ非科学的な運営で行われていた、という事だと思います。故にこそ全く技術音痴の社長というお飾り責任者から、何が起っているのかちんぷんかんぷん理解出来ない内に盲目的に出される「指示」をただ朴念と待っていた、と言うことではないでしょうか? これは正に「原子力では事故は起きない」という何の根拠もない盲信が生んだ人災そのものと言うべきと考えます。(2011/05/13)

正直言って、あまりのひどさに暗澹とした気持ちになった。このように技術に暗い人間しか出世できないような会社に原発管理をまかせたらどうなるかという現実に、立ちすくむしかない。業務から撤退させ、日立なり東芝なり、きちんと現場のことが理解でき、かつ迅速な意思決定ができる会社に任せて欲しい。もう東電から電気を買いたくない。すぐに潰してください。そして現場の技術者は新しい管理会社に移籍させて下さい。それ以外の人間はクビにして下さい。それと、東電以外の会社はどうなのか?万一、今このタイミングで新たな地震が日本のどこかで発生し、別の原発がやられたらと思うとぞっとする。日本は壊滅的な被害を受けることになる。少なくとも福島が収束するまでは、他の原発も一時停止することを真剣に考えるべきではないのだろうか???(2011/05/13)

筆者の指摘は、本誌論としては誤っています。「事故原因の本質は何か?」は、自ら演出した安全神話を自ら信じてしまい、確率の低い事象は起こらないとしていたことです。そして「事故対応失敗の原因の本質」は、現場が自律的かつ機動的に行動するための判断基準や手順、及び権限委譲を予め準備していなかったことです。最悪の事態を想定すべき危機管理の準備をまるで怠っていたということですね。全て事故発生前に原因が存在していました。(2011/05/13)

 今まで読んだり見たりした新聞・TVの解説では、筆者の示す「最後の砦」について、触れたものは無かったと思う。専門家と称する学者も何度かTVに出演しているのを見たが、こんな解説はなかったと思う。  その意味で、筆者の解説は、大変有意義であると言えるが、2点だけ述べたいことがある。  1点は、技術系軽視の結果であるかのような視点があるようだが、一方で、小生は技術系の保身的言動も見聞して来ているので、一概には言えないように思う。技術系の人間にも飯の種意識からか、日頃、他分野の人間にノウハウを詳細には伝えない傾向がある。また、少なくとも保安院は、技術系で固めていた筈であり、この責任に触れられていないのは、やや公平さを欠くと思う。  もう1点は、原子力科学や政策の近縁で仕事をしておられるのなら、この事故の解決策を積極的に提案し働き掛けていただきたい。真相究明も勿論大事だが、今は、日本の持てる全ての頭脳を使って、この事故を克服しなければならない筈であるから。それを阻害する事情が日本に蔓延しているとすれば、日本の復活は絶望的である。(2011/05/13)

水素爆発が起こった当初から、炉心溶融、人災の匂いはプンプンしていましたが、この記事を読んで確信を得た思いです。 事故は一瞬の判断ミスで起こるものですが、8時間もの猶予を無駄にした危機管理能力のなさには言葉を失います。 既に「起きてしまったこと」としてしまっている論調が多い中、「なぜ事故は起きたのか」に立ち戻った筆者の意見は非常に意味のあるものだと思います。 (2011/05/13)

想定外をちらつかせる経営陣に不信感を持っていましたが本稿を 読ませて戴き 明らかな人災であると理解できました。 電源を失う事に対する準備はあったが判断が遅れた為に事故の拡大を招いた事。 原子力の安全性と一企業の利益の為に廃炉の決断が遅れてしまった事 日本の食品でもありましたが 公共性の極めて高い独占民間企業としてあり得ない責任感の無い対応に呆れてしまいます。 そもそも 民間企業に想定外は許されない。(2011/05/13)

極めて真っ当な論評で、エンジニアと経営者との関係に課題を呈する、優れた識見とお見受けしました。「施設設計の手抜き(非常用電源の設置場所不適)」との一橋大学の長岡教授の指摘より、技術問題に対するより重要な点を捉えていると思います。(2011/05/13)

今まで原子炉システムの構造詳細を知ろうと、色々な情報を見てきましたが、やっと全体概要が判りました 今まで発表されてきた情報は、私のような一般的なエンジニアでも理論的に腑に落ちない内容だらけでしたが、改めて東電含め対策・指揮系統の技術的センスの無さが判り、今回の記事を見て、残念ながら十分に納得しました。 今回の事故責任は東電による人災なのは明瞭ですが、未だ何も事故対応は進んでいません。このままでは早晩、福島県周辺は滅びます。技術センス欠如もさる事ながら想像力の欠如もひどいものと感じます。付け刃対応でなく海を直接利用した冷却プラントを新設するような対応等、現状の延長線でない人選含め対策手法の再構築が必要なのでは。(2011/05/13)

久々に骨のあるレポートに遭遇しました。筆者の意見に大いに賛成する読者は多いと思いますよ。ただ、日経ビジネスが筆者の意見に賛同する読者のコメントを検閲しないで載せるかどうかはわかりません。非常に残念ですね。発表する場所を○○新聞、週刊○○にした方が反響が大きいと考えます。(2011/05/13)

原発のように国家の安全に直接関わるものの危機の対応を電力会社まかせにすること事態の検証も必要ではないだろうか?政府、東電の危機時の素人対応と自衛隊、消防庁などプロの危機時の対応の違いを見る限り、危機時には特別な体制が必要だと考える。具体的には東電からの指揮権剥奪とプロへの移管が必要だと思う。(2011/05/13)

なんと!それでは全て想定内、完全なる人災なのですね。 壮大なる犯罪ではないですか。 知りませんでしたで許されるようなものではないですよね。 このようなパッシブ冷却システムが働いていたなど、 今の今まで全く知りませんでした。 どこまで隠ぺい体質なんでしょうか。 原発のメルトダウン防止など、後々まで禍根を残しかねない事項の決定権は一私企業にゆだねられるべきではないと強く感じました。というか、至上命題であるべきで、逡巡・遅滞なく即刻冷却開始でなければおかしいです。(2011/05/13)

我が社でもそうですが、技術系の代表取締役が選ばれることがほとんどありません。営業畑の文化系社長が選ばれることがずっと続いており、「売り上げ数字」が選考の基準してトップ人事が続いているようです。これからもそのような選考基準は変わらないような気がします。今後、製造業の代表取締役は、技術系と文化系の二名体制にしなければならないなどの商法改正でもなければ、このような優柔不断の判断により取り返しの付かない事態が頻発するのではないでしょうか。電力業界のトップ企業がこの体たらくでは、日本の将来は暗雲が立ち込めているとしか思われません。(2011/05/13)

とてもわかりやすかったです。ありがとうございます。 ただ、最初の、東電救済スキームは最低で評価できないものだと思います。(2011/05/13)

ひとつ疑問が残る。 第1号炉が制御可能なうちに、会長、社長に海水注入しかないと直言できる人は居なかったということか? そうであれば、原子力安全委員会などというものは必要ないだろう? (これも想定外と言って片付けられたのか?)(2011/05/13)

この解析に、当事者である東電は、正確な返答をすべきであるが、多分、全く別な良い訳しか出てこないと想定される。 官首相は、既存の原子力村以外のメンバーで、今回の事故調査を行うと言っていたが、それに期待するしかなさそうですね。 是非、筆者には事故調査メンバーになって欲しいです。(2011/05/13)

「もし、海水注水のタイミングが早かったとしても、結果は(大きくは)変わらなかった」という意見があったと思います。 また、「(海水注水について)可能な限り早い経営判断を行った結果が、今回のタイミングだった」という主張も可能かと思います。 主張が妥当かどうか、国民の理解を得られるかどうかは別として、上記のような視点での(前者は物理・工学面からの、後者は経営管理・経営システム面からの)分析も、是非お願いします。(2011/05/13)

MARK1初期型である1号機とRCICを持つ2~4号機の系統構成を踏まえた初めての文書で、非常に適切な解説だと考えます。 1号機と同じ様にRCICでは無くICがあるプラントの運転再開には、保安院による十分な検証が必要でしょう。(2011/05/13)

シロートなので掲示されている図と文章で読み取るしかないのですが、そこで幾つか疑問があります。 1.計器に振り回されてのタイムロスは無かったのか? 2.廃炉を決められるメンバーが状況を認識できたのは何時か? 3.1号機のIC停止時に海水を注入する動力はあったのか? 4.ベントしなくて圧力が高く必要な水量を注入できなかったとあるが、図1のベントは格納容器の圧力しか抜けない。つまり注入は格納容器に対して行うのか?それで炉心を直ぐに冷やせるのか? 5.水(海水)の注入先が圧力容器だとすると入れた分とほぼ同量を抜く必要はないのか?その始末を考えずに入れられるのか? その時点で得られている情報や手持ちの機材で海水注入を決行できたはず、と立証してもらえませんと首肯できません。(2011/05/13)

私も原子力工学を専門として学んだものです.正直なところ,漸くまともな記事に出会えた気がします.氏と私は,『今回の原子力災害が東電経営陣の初動対応のミス(危機管理)によって引き起こされた人災である』という点で,殆ど考えを同じくしています.私は,東電経営陣は,まず原子力プラントに異常が生じた場合の危機管理が全くなかったと考えます.それは,「制御可能」と「制御不能」の境界を理解できなかった以前の問題です.プラント保全を短絡的な経済原理でしか捉えなかったのでしょう.原子炉が正常停止したことに安住し,その後にするべき対処を怠った.そして判断があまりにも遅かった.原子力専門家なら,「炉心に水を投入できず,冷却が停止した」なら,海水・真水を問わず,廃炉覚悟で水を投入して,格納容器を冷やさなければならないという結論を得ることに,大した時間を必要としなかったはずで,今回事故は,東電経営陣による人災です.その責任は極めて重い.原子力に携わっている他の電力各社の経営陣は,東電経営陣の犯罪にも近い初動ミスの本質を理解して,自身に同様の危機が降りかかった時,正しく行動することを学ぶ機会として欲しいと思います.(2011/05/13)

 大変、勉強になります。一言でいえば、技術をなめた、経営(マネジメント)すなわち意思決定ということですね。  ただ、これと同じことは、地震対策全般や、危機管理全般に蔓延していると思います。最終的には、現実をなめているということになるのだろうと思います。  問題は、シビアな現実に向き合いたくないという、人間性の現実にどう対処するかですが、実は、そのための方策は、マニュアル化とそれに基づく、不断の訓練以外にないはずです。  そして、このマニュアル作成とそれにもとづく訓練を延々とやり続ける組織が軍隊であり、その意味で、日本がまさに軍隊的なものを拒否していたことが、今回の事態を招いたと言ってよいと思います。(2011/05/13)

提示いただいた2枚の図版の意図するところがきちんと読み取れれば、9割方の人間は示された結論に同意されると思います。 (私も原子炉関連情報を随分読みあさったつもりでしたが、IC、RCICといった受動的に作動しうる冷却装置の存在を知りませんでした) よってこの情報は、この情報によりその責任所在があからさまになる人間にとってかなり不都合なものと思われますので、是非積極的に広く流布していただきたいと願います。(2011/05/13)

原発に無知な一般人(非被災地)す。 著者様の知見が正しいとして、その他の事象(当時放射線量で円滑に作業できたか、淡水or海水を期限内に準備できたか)も予見可能もしくは準備可能であったとしたら、電力会社による準備不足、そしてこれは人災と感じ大変遺憾な思いです(東日本大"人"災)。。 補償を巡り多々論議されてますが、人災であれば自社の経営努力をもっと前面に出して欲しい。電気料金に何割かでも転嫁することは、民に負担(震災地域も負担?)を強いることであり、民にも責任があると証明できない限り到底納得できない。 よく経費削減のため人員整理が行われている。経営統合した結果の必殺技は「リストラ」だ。我々はいつからコストになったのだろう。現在復旧作業に従事している電力会社及び関連下請け会社の社員は、電力会社の経営努力によって削減されるのだろうか・・・ 昨今、多くの電化製品は50/60Hzに対応している。モーター駆動の洗濯機でさえ可だ。コストダウンの各社都合もあるかもしれないがこの企業努力に感服する。対して電力会社はどうか。周波数統一のメリット/デメリットを多角的に検討してもらいたい。 今後の電力について、必要電力が勘定されているが、仮に原発を反対するなら相応の代案は持ち合わせるべき。また企業や家庭においても基本的な電気の無駄遣いはさけるべきであるが、各家庭においてはどの電化製品が具体的にどれほど電気を喰うのか正確に把握できない。個々の電化製品の使用電気量をリアルタイムに観れる機能を各戸に設けるだけで日本人にしかない「もったいない」精神をもって必要電力の見積りを下げることができるのではないか。 (2011/05/13)

制御可能と制御不可能の区別をきちんと理解することは同意できます。しかし、注水するだけで今回の事故が防げたかどうかは疑問です。"MIT原子力理工学部による「崩壊熱」についての解説"によれば、ICの動作が停止した時点での1号機の崩壊熱は10MW程度と見積もられています。これだけの熱を原子炉内から除去するためには毎秒4kg(=毎時20t)の水を蒸発させる必要があります。蒸発した水を原子炉外へ出さなければ原子炉内から熱の除去をすることは出来ないので、復水器による熱の除去が期待できない条件下では、ベントして水蒸気そのものを原子炉外へ排出するしか方法がありません(通常はタービンや復水器を使ってエネルギーのみを取り出し、液体の水を原子炉に戻す)。つまり、復水器が機能を停止した時点で注水とベントは避けられない事態になっていたと考えられます。ベントを回避できないということはICの停止=制御不可であったと言えます。ただ、注水の判断が早ければ、燃料棒露出→急激な水素発生→建屋爆発というシナリオは回避できたのかもしれませんが。(2011/05/13)

ずっとモヤモヤしていた何かに、こんなにすっきり答えてくれた執筆者に感謝したい。すなわち東電の責任はどのくらい大きいのか? 自宅に帰る目処もたたない避難生活を送る方々のことをおもうと胸が痛み、読んでいて落涙。東電の責任は重い。 メディア全体がもっとこのことを議論してくれたらよい。 <「現代技術は、常に科学パラダイムに基づいていて、その科学パラダイムが提示する『物理限界』を超えることはできない」という命題への本質的な理解の欠如>--政官と癒着しのうのうと経営、リスク管理を怠っていたに違いない歴代の東電経営陣は私財の提供も当然と思える。 同時に、山口氏があげた課題1も衰退日本に新事業創出のチャンスとなるのだから、誰か志ある政治家、動いてくれないかと切に願う。 (2011/05/13)

まったくの同感です。 独占企業に限らず、非独占的な通常の企業、行政組織体においても、経営層に技術リテラシーが欠如していると思われる例が散見されるように思えてなりません。 異質な人が排除され易く、人間集団が同質の思考や感情の方法論を持つ人間で構成されてしまう、極論や水を差される意見を嫌う、悪しき未来予測を口に出すのを憚る言霊信仰といった、いかにも日本人的な特徴が顕われているのではないでしょうか。(2011/05/13)

もっとも技術力が必要とされる会社の経営者が、その会社の「技術」を知らず、経営の面でしか会社を見ていない…ということなのでしょうか。 それを考えると、かつての経営者が「現場の技術者」と「会社の経営者」を両方、社長や副社長に据え、その意見を聞いてきたことの意味が重要なのだと思いました。 会社の経営者の「知らないことをきちんと理解する」能力をこれほど感じたことはありません。 地震の夜、原発のニュースを聞いた不安感を、まざまざと思い出しました。物理的に出来ないことを出来る「かもしれない」と思うのは、第二次世界大戦以来の悪しき思考伝統なのかと思いました。 東電の社長が、アメリカの大統領より先に、核爆弾のスイッチを押した人(広義な意味として)になっちゃったんだな。(2011/05/13)

今回の福島原発の事故は天災ではなく人災だと思っています。東電経営陣は原子炉のメカニズムを理解していなかった のだと思います。 原因は東電という会社が階層化されて下の階層(現場)が上の階層(本店経営陣)のものが言えない体質そのものにある といえます。 対策を出すとしたら、東電の地域独占をやめさせるしかない。発電と配電で分けて配電の会社にするしかないと考えます。(2011/05/13)

俗に言う理系・文系の分類で、理系は多くの企業でトップに就けません。天下りが多い組織はなおさら。取締役クラスが全員理系だったなら、もっと早く海水注水されていたはずで、企業の方向性が招いた人災です。 (2011/05/13)

素晴らしいご指摘です。これは、他の業界にも存在することで、これからの日本企業にとって初心にかえる際に考える警鐘です。リスクを考える保険会社が自分の会社のリスク管理が出来なくて倒産したことがありましたが、まさに同じ原因です。経営者が自分に厳しく勉強する保険会社が生き残れているのを見るとその通りだと思います。経営者の選任基準が甘い会社は駄目になるということを、本当に各企業は反省する良い機会です。義理人情だけでは通じないことを。それが経営者の社会に対する責任です。(2011/05/13)

事故の責任は別の事象からもマネジメントにあるように思います。何故なら、まったく同じ振動と津波の影響を受けた筈の第二原発では、深刻な事態にならなかった訳ですが、その違いは電源とポンプ等の防水対策に有った様です。しかもこの点については、第一原発での万が一の危険性が早くから東電の内部で現場から指摘されていたにもかかわらず、それを実施できなかった。私企業では安全や信頼性に対しては、設計審査が行われ何らかの対応策が義務付けられます。従って、責任は設計者ではなくそれをチェックするマネジメント側が負うことになるからです。(2011/05/13)

素人の私のなぜこんなこと(制御不能)になってしまったのか?の疑問が解けたような気がします。事故を想定した日頃の訓練と訓練の内容の深さと訓練へトップ(最終意思決定者)が常に参加していたか、安全だ安全だと広報していくうちに当事者たる東電内部でも安全意識が蔓延し訓練も最悪を想定できず予備電源が作動し目出度し目出度しとなっていたのではないか、しかもトップは「訓練は無事終わりました」の報告のみを受けて意思決定の必要な訓練はなかったのではないか、この点も明確にして他の電力会社への教訓としなければならない。意思決定者は一つの決定を下したらその効果がダメな場合を想定し次の手を考え準備させる意思決定と先の先まで読みながら指示を出す、そのために必要な情報は待っていても集まらない自ら意思決定のためのキーワードを発し続ける必要がある、今起きてることは、電力会社が原子力と言う一歩間違えば国どころか地球自体住めない不毛の星に変えると言うことを考えているか疑問に思わざるを得ない。それに原子力は人間が制御できていないと見るべきで、将来廃止に向けた方針にすべきと思います。省電力社会と緊急時は停止するだけで済むような電源だけに限り、使用済み燃料までも将来何十年も何百年も管理し続けるようなことはいつまでも収束できない異常なことで人間が制御してると言えないと思いますが、科学者には異常なことが見えなくなっているのではないでしょうか。(2011/05/13)

危機管理のリスク想定自体が無知と偏見に基づいて為されていたのでは、無意味だということだ。最近の政治屋の発言でも体系的な知識に基づかないイノセントなものが多いのを観ると、この国の選良には良識というものが無いのかと疑いたくなる。原子力発電、地震予知などビッグサイエンスについては、科学・技術政策の理念・意義から見直す必要があるのかもしれない。(2011/05/13)

自分で調べず他誌の記事を引用したりとただの感情論にしか思えませんね。なぜ、海水注入が出来なかったのか、保安院は指導しなかった等の検証をせずに東電にだけ責任を押し付けるのは公正なジャーナリズムとしていかがなものかと思います。(2011/05/13)

このところ、予備電源であるディーゼル発電機を含むシステムとしての対地震・津波対応レベルがそろっていなかったことが問題視される記事が多く、ある意味で技術者の設計失敗あるいは、それを強要した当時の経営の失敗と考えていた。この記事で、それでも1号機でさえも8時間の「最後の砦」が存在したことを紹介していただき、それを設計した技術・技術者を誇りに思う。それを生かせなかった経営陣の責任は重大だ。原子炉の廃炉で済むことを、空前の人災としてしまった罪は重い。また、3月当初は海水注入による廃炉を躊躇した経営陣を非難する記事がマスコミに見受けられたが、このところそれをほとんど見かけなくなったのも気になる。今回の震災に関する政府・マスコミの報道は疑問点だらけだ。(2011/05/13)

大変参考になりましたが、現在までマスコミ、およびマスコミに登場して説明していた専門家からこのような説明がなかったのは何故でしょう? マスコミがコントロールしたのか?専門家と言われる大学教授が斟酌して説明していないのか? 東電経営陣の責任は当然ですが、真実の追及を期待されているマスコミ(特にTV)が責任を全うしていないと思います。 (2011/05/13)

東電の初期対応の遅さは経営陣が後に起きる被害の大きさと廃炉とを天秤に掛けていたのではないかと思っていました。本書を読むと天秤に掛けるどころか経営陣が原子炉の安全性が保てる限界点を全く理解していなかったということで、経営者としての安全管理に関しては全く無能であったと思われます。原発は安全であるという盲信にあぐらをかき、想定外の事態が発生したときの対応についてはないも考えてこなかったと。社内で安全第一、放射性物質はあらゆる手段とコストを掛けても封じ込める、想定以上の事態に遭遇したときには廃炉の決断を躊躇しない対応をとる、といったような経営陣の共通認識があれば被害は最小限にとどめることができたでしょう。経営陣は私財をなげうってでも被害対応する必要を確信しました。(2011/05/13)

著者は、記事の判断の適否についての意見を求めておられるが、小生の技術的知識では、そうだろうなという以上の反応はない。しかし、福島第一原発1号機ー4号機の事故の本質が制御可能時期に適切な対応がとれなかったというところにある可能性は高く、当然ながら、他の電力会社の経営陣によく学習しておいてもらわなければならない。また、各原発に、どのような緊急装置が用意され、どのくらいの衝撃に対し、どのくらいの時間は維持できるかも、予め確認しておく必要があるだろう。この点は、浜岡原発の停止「要請」が適切であったかどうかにも関わってくる話で、このような装置の機能や中電の経営陣の資質を考慮に入れた上での「要請」であって、粗雑な感情的な議論で大向こうの受けを狙ったものではなかったことを信じたい。(2011/05/13)

ICとRCICの事を初めて知りました。 また時系列のデータにより如何にしてこの事故が起こったのかもよく分かりました。 この事実はもっと世間が知るべき事ではないかと思います。(2011/05/13)

事故当初から、余裕時間が有ったはずだと思っていました。 今回やっと解りました。やはり人災でしたね。 今回の事故は、起きたのは仕方ないとしてその後の対応が悪すぎます。不具合いに対して思考が一本しか無い、対策も並列にしていない。保安院も東電も政府も誰も責任感有る態度を示さない。メディアに出てきた専門家もズート福島原発と違うタイプの図を使って説明していたので、この専門家は何だと思っていました。ちょっとと調べれば私でも解りました。以後信用しないことにしました。結局5重に安全とか言っていましたが全くのウソでしたね。今回は日本の悪いところが全て出てしまった感じです。ただし、日本は検証が苦手なので今回も大した検証をしないのではないかと心配しています。本当に素人集団でいやに成ってしまいます。(2011/05/13)

現代の日本人は後知恵で、昔の日本人は何故、太平洋戦争を止められなかったのか不思議に思うかもしれないが、日本人の大多数が持っているムラ社会という組織の維持を最重要する価値観や、言霊信仰よろしく最悪の事態についての議論そのものを禁止する価値観に根ざした思考過程や行動パターンをみれば、今回の東電の経営陣の判断、役人の判断、政治家の判断、すべてが納得できる。 だから、現在の責任者が別の人に変わっていたとしても結果は変わらなかっただろう。筆者が後知恵で批判しようが、結局は永遠に悲劇が将来にわたっても繰り返されるのだろうと思う。 唯一、この悲劇の連鎖を断ち切れるときが来るとしたら、それは、今の日本人の大多数が忌み嫌っている膨大な数の移民を(たとえば人口の3割とか)を受け入れた時だろう。 しかし、あと100年経ってもそんなことは実現しそうにない。(2011/05/13)

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佐藤 康博 みずほフィナンシャルグループ社長