「第三企画室、出動すReturns」

episode:R4「東北に仕事を探しに行こうかと」

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2011年5月17日(火)

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「第三企画室、出動す Returns」について
2009年5月11日から2010年7月27日まで毎週掲載されていた連載小説「第三企画室、出動すボスはテスタ・ロッサ」の前半部分が徳間文庫から「幸福な会社」と改題、発売されました。この発売を記念してお届けしてきた特別編「第三企画室、出動す Returns」、ついに最終回です!!

「休暇を取りたいんです」

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 ものすごく申し訳なさそうな顔をしながら楠原が風間に申し出た。

「いいよ。休みなよ。弘毅くん、ほとんど休んでないから。有給、たくさんあるでしょ」

「大日本鉄鋼なら入社3年目ですから年間14日ですけど……」

 あ、……。

「そっか。株式会社オルタナティブ・ゼロだもんね」

 大日本鉄鋼の第三企画室だったこの3人の部署は、いまオルタナティブ・ゼロという別会社になっている。最初の給料は大日本の金額を引き継ぐことにした。社会保険なども含めて、会社と従業員とのあいだの約束事は、元の会社に準じて決めたはずだ。いや、決めたというより手間を省いた。

 なにしろ、会社がスタートしたのは忙しい盛りのときだった。細かな規則など後回しだった。

 茅ヶ崎南製作所を立ち直らせ、サウスガレージ・ワンを立ち上げることで頭がいっぱいだった。自分の会社の規則や制度のことなんて考える暇なんてなかった。

 それぞれ会社を休んだことはある。

 それを有給休暇の日数に結びつけて考えたことはなかった。自分も楠原もこの会社の従業員にちがいなかった。けれど、むしろ社長の旭山と3人、同志、共同創業者のつもりでいた。

「大日本と同じに決めたはずだよ」

「それはわかってますけど、〈はず〉じゃ困ります」

「たしかにそうよね」

 風間はイントラネットの管理フォルダーを開いた。「諸規定」のファイルはすぐに見つかった。

「はい、楠原さん、入社3年目はおっしゃるとおり14日です」

「でも、3年目なのは大日本鉄鋼から勘定した場合です。この会社ができてからはまだ……」

「そっか。そういう細かいこと考えたこともなかったな」

「どうしたらいいんでしょう」

「ていうか、別に休みたいとき、休めるときは休んでいいよ。サラリーマン臭いこと言わないようにしようよ。それじゃ大日本鉄鋼みたいじゃない。そういうのやめようってのが、そもそもの第三企画室の始まりなんだからさ」

「ええ、いままでそうしてきましたけど……」

「じゃあどうして急にそんなこと言い出すの」

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著者プロフィール

阿川 大樹(あがわ・たいじゅ)

小説家、コラムニスト。1954年、東京生まれ。日本電気(NEC)およびアスキーで半導体LSI開発エンジニアおよび半導体部門事業責任者。1991年より、米国シリコンバレーの半導体ベンチャー企業の設立に参加。1997年、小説家に転身。1999年、サントリーミステリー大賞優秀作品賞。2005年、ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞。著書にはシリコンバレーで起業する日本人技術者と巨大資本の闘いを描いた『覇権の標的』、最新刊は『フェイク・ゲーム』。横浜市の元特殊飲食店街・黄金町に仕事場「黄金町ストーリースタジオ」を構え、地域の人と共に、町の再生プロジェクトにも参加している。日本推理作家協会会員。



このコラムについて

第三企画室、出動すReturns

2009年5月11日から2010年7月27日まで毎週掲載されていた連載小説「第三企画室、出動す ボスはテスタ・ロッサ」の前半部分が徳間文庫から「幸福な会社」と改題、発売されました。この発売を記念して、特別編「第三企画室、出動す Returns」を一カ月に渡ってお届けします。旭山隆児、風間麻美、楠原弘毅の3人が帰ってきましたよ!

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