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叫ばれる「危機管理」と浮気マネジメントの相似形

「備えられない危機」に対処するプロアクティブ・コーピングの効用

2011年5月19日(木)

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 「リスクマネジメントや危機管理ってどこまでやればいいのか、正直分からなくなってます。リーマンショック以後、削れるところはすべて削っていますから、これ以上絞れるところもない。トップが危機感を募らせれば募らせるほど社員は萎縮しますし、どうにも難しいですね」

 こう嘆くのは、中小企業で部長職にある49歳の男性である。

 リスクマネジメント、危機管理、非常時対応、リスク分散、空洞化――。

 震災以降、トップやリーダーの集まる場所では散々耳にし、様々なメディアでたくさんの方たちが「リスクマネジメントとクライシスマネジメントの違い」、「非常時のリーダーのあるべき姿」「危機に強い組織文化」などなど、“危機”をテーマにコメントしている。

 日本はどうなっていくのだろう。景気はどうなっていくのだろう。原発はどうなるのだろう。再び大震災は来るのだろうか。富士山の噴火は起こるのだろうか……。

 これまで抱いたことのなかった不安を感じている人は少なくないだろう。私自身、今までにない妙な不安を感じている。「夜も眠れない……」といった類の迫りくる不安ではないけれど、漠然とした不安が確実に心の中に潜んでいるのだ。

 だから、会社を預かるトップやリーダーが、危機管理に躍起になる気持ちが分からないわけではない。「アッハハハ。何でも起こる時は起こるんだよ。その時はその時。運が悪かったって、思うしかないよ。ガッハッハ」なんて無責任な楽観思想のトップより100倍いい。

 だた、あまりに「リスク、リスク」と言われたら、それはそれでいやになるだろうなぁと思ったりもする。ずいぶん勝手なヤツだとしかられるかもしれないけれど、守るのって攻める以上にしんどいから。「それで大丈夫なのか?絶対に大丈夫なんだな?」などと迫られても、未来を予想できる能力なんてないから答えに窮するに違いない。

10歳年下の夫の“浮気マネジメント”に疲れて離婚した友人

 そういえば少し前の話ではあるが、友人のY子は10歳年下の彼と結婚し、浮気マネジメントに必死だった。彼が浮気しないようにと、脱いだら恥ずかしいと思うような派手なパンツをはかせ、靴下を脱いだら分かるように自分だけが気づくような印を左右につけ、携帯電話の着信履歴を毎日毎日チェックした。

 「年下の女と浮気されたら絶対にイヤだから。リスクヘッジよ!」

 彼女は当時はやっていたリスクヘッジという言葉を使い、自分の行為を正当化していたものだった。

 ところがつい先日、Y子は離婚した。

 「浮気?」。恐る恐る聞く私にY子はこう答えた。

 「違う。私がイヤになった。最初から過剰に浮気のことを心配しすぎたみたい。だんだん彼が何をやっても信じられなくなっちゃって。疲れちゃったの」

 「浮気されないように。浮気されたらどうしよう」とヘッジ、コントロール、マネジメントに必死になっているうちに、想定外の危機が訪れた。

 一緒に暮らすことに疲れて嫌になる、という危機に見舞われたのだ。しかも、彼発の危機ではなく、彼女発の危機。

 備えあれば憂いなし。されど、備えすぎて疲れ果てる――。

 ということで、今回は、危機について考えてみようと思う。

コメント26件コメント/レビュー

今回はいつにもまして賛否がばらついていますね。意見が分かれるというのは議論を提供しているという点、決して無意味でないと思います。途中で読む気が失せたというコメントをわざわざする方は、読み通す根気がないというか紙上議論のできない方ではないでしょうか。今回一番気になったのは、本論外なのですが「大震災という悲劇は…何の罪もない方たちが1万5000人以上も亡くなった…残された私たちには、生きている意味があるはずだ」のくだりです。急に感情的になり、論理が欠落しています。震災で亡くなった事実は必然ではなくほとんど偶然なので、その生死に意味がはありません。このような場合、私個人には「(事後から見た意味で)歴史」という表現をします。地震で亡くなったのも生き残ったのも単に歴史であって、運命でも宿命でも、ましてや必然でもありません。そのような説明は、いわゆる宗教というものでしょう。(この地震が人工地震だとかいうデマを流している輩は論外)もちろんこれは、亡くなった方々に哀悼の意を示さないという意味では決してありません。少し場所がずれていただけで、自分が同じ目にあった可能性もあったのですから。(2011/05/24)

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「叫ばれる「危機管理」と浮気マネジメントの相似形」の著者

河合 薫

河合 薫(かわい・かおる)

健康社会学者(Ph.D.)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

今回はいつにもまして賛否がばらついていますね。意見が分かれるというのは議論を提供しているという点、決して無意味でないと思います。途中で読む気が失せたというコメントをわざわざする方は、読み通す根気がないというか紙上議論のできない方ではないでしょうか。今回一番気になったのは、本論外なのですが「大震災という悲劇は…何の罪もない方たちが1万5000人以上も亡くなった…残された私たちには、生きている意味があるはずだ」のくだりです。急に感情的になり、論理が欠落しています。震災で亡くなった事実は必然ではなくほとんど偶然なので、その生死に意味がはありません。このような場合、私個人には「(事後から見た意味で)歴史」という表現をします。地震で亡くなったのも生き残ったのも単に歴史であって、運命でも宿命でも、ましてや必然でもありません。そのような説明は、いわゆる宗教というものでしょう。(この地震が人工地震だとかいうデマを流している輩は論外)もちろんこれは、亡くなった方々に哀悼の意を示さないという意味では決してありません。少し場所がずれていただけで、自分が同じ目にあった可能性もあったのですから。(2011/05/24)

「危機はゴールを達成するうえで起こるものと覚悟を決める」って共感できる。でも言葉として「覚悟を決めて仕事をするんだ」なんて頭には無い。多分体が条件反射している。そして、何か(自分の存在意義等)を求め必死に作業を行った結果、周りから言われて初めて気が付く。コラムを読んで、文章として表すとこの大切さを改めて実感。(2011/05/21)

リスクヘッジとは、リスクの事象が起こらないようにすることではなく、起こったときの被害を最小限にするための対策です。Y子さんの言葉も筆者の使い方も違うと思います。 ◇リスクマネジメントにおいて、想定外と対応範囲をごちゃ混ぜにした思考が散見されます。想定は突飛と思われるレベルまですべきですが、対応は現実的な範囲に落とすことしかできないし、その範囲(枠)を決めることがマネジメントです。想定外をなくすための活動、例えば書類やマニュアル、訓練をするなどというのはマネジメントをしたことが無い人かマネジメントにおいて実質責任を持たない人の戯言です。 ◇想定をしていれば事前対応していなくともその場での対応ができるもの。前述の枠を決めたときにリソースがなく対応ができなくともすべきことは理解できているので。マニュアル等の書類は書くことが重要ではなく関係者が内容を理解することが本質です。書面はツールでしかない。基本アクションへのポリシーがしっかりしていれば、マネジャーはその場で考えて進められるはず。筆者の言うビジョンはこの場合には概念がハイレベルすぎるでしょう。 ◇『この責任は誰が取るんだ?』・・・立場が上のものが言う言葉ではないです。少なくともマネジメントが何であるか判っているなら。自分の責任を否定しているわけですから。もし、この言葉を聞くなら、対等の立場に無ければありません。自分が責任を取れないならそういうべきであるし、部下に任せる条件にするならそういうべき。結局、このような言葉を吐くレベルであればその程度と言うことです。実際、”責任は取れない”などと言うのも時々聞きますが、そもそも責任を取るってどうすることかすらはっきりしない。プロとしてビジネスに関わるなら、言葉にせずとも全てのアウトプットに対して責任を持っている自負がなければプロとは言えないと思いますが・・・(2011/05/21)

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三品 和広 神戸大学教授