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稼働率96%で再開した旅館が、休業中にやっていたこと

震災に負けない人々(3)一條達也・湯主一條社長

2011年5月24日(火)

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 42日間の休業を余儀なくされた旅館が、4月末、客室稼働率96%という驚異的な数字で再スタートを切った。まだ新幹線が近くの白石蔵王駅まで開通していないのに、である。

 宮城県白石市の鎌先温泉にある「時音の宿 湯主一條」。全国の旅館が自粛に苦しむ中、ゴールデンウィークもほぼ満室となった。なぜ、この旅館はそんな数字を叩き出しているのか。

 実は休業の間に、その秘密があった。

 彼らも、もちろん厳しい局面に立たされていた。施設に大きな被害はなかったが、電気の復旧に時間がかかり、ガソリン不足もあった。特に食材の調達が地震後は難しかった。

 先代が経営していたとき、経営危機に陥ったことがある。それを今の当主が経営を引き継ぎ、何でもやるサービスから、確実にできるサービスに絞り込み、品質を向上させた。そうして稼働率や客単価を増加に転じさせ、7年間で売上倍増を実現した。

 この背景には、個人客の強い支持がある。彼らを支えるのは、宮城や福島、そして首都圏という近隣の人々である。この強い個人の支持を、震災後にも裏切らなかった。それどころか、サービスの質を上げて営業を再スタートさせている。

 これから、震災後の空白の42日間に迫る。600年以上の歴史を持つ老舗旅館は、その間も着実に質を磨き続けていた。それを陣頭指揮したのは、20代目当主と女将だった。

 今回は、湯主一條の社長の一條達也と女将の一條千賀子に話を聞いた。

内藤 地震の時、まずどのように対応しましたか?

線路の上を歩いてくるお客さんもいました

一條 3月11日午後3時のちょっと前のことです。小雪が降る寒い夕方でした。

 突然、携帯電話の緊急地震速報がなりました。それは清掃が終わって、事務所にスタッフが戻ってきて、ちょうど「お疲れさん」と言った瞬間のことでした。

 そして、鎌先温泉が揺れ始めました。

 「これはやばい!」

 揺れが普通ではない。はっきり覚えていませんが、30秒ぐらい揺れて、電気がパッと切れました。今にしてみれば、この時から停電が始まりました。

 揺れている間に思ったことは、施設は古いので、館内にいては危ない。外に出た方が安全だと思いました。

 すでに一組のお客様が到着していました。ロビーでお茶を飲みながら宿帳を記入していたのですが、すぐに外に出てもらうようインカムで指示を出しました。もう一組のお客様は、ちょうど駐車場に到着したところでした。

 「危険なので、そこにいてください」

 まず、そのように伝えました。こうして、スタッフもお客様も、全員、施設の外に避難しました。しばらくすると、別のお客様が自動車で来られました。ただ、そのお客様は宿泊しないで、そのまま帰られましたが。

 午後3時過ぎ、電車で来られるお客様の出迎えのために、スタッフの1人がクルマで最寄りの駅まで行って、到着をお待ちしておりました。その時、地震が起きました。1人のお客様は、すでに駅に到着していましたが、スタッフは揺れが収まると、携帯電話で旅館と連絡をとろうとしても、できなかったのです。どういう被害を受けたのか分からないので、お客様を旅館に連れて行くわけにもいかない。

 「現場を確認してきますので、ちょっとだけここでお待ちください」

 そう言い残して、確認のために戻ろうとしました。ただ、その客様も宿泊しないで、そのまま帰りました。

 私の子供たちは、震災後、学校にいました。そこで、すぐにクルマでピックアップに行きました。

 しばらくして、1本の電話がありました。お客様からで、旅館に来る途中に電車が止まってしまい、降ろされた所から線路の上を歩いてきたというのです。その途中、無人駅に公衆電話があって、そこから連絡をとってくれました。もう暗くなっていましたので、スタッフに、急いでクルマで迎えに行くように指示しました。

 ただ、その時は道路が陥没しているところもあり、通行できない場所も多かったんです。遠くにあるその駅まで、本当にお客様を迎えに行けるのか、その時は確信が持てませんでした。お客様はもちろん、運転するスタッフも心配でした。それでも、迎えに行かなければ、そのお客様は避難所に行くしかなかったんですね。

 だから、スタッフの中で地元に詳しい者を選んで、裏道などを回って迎えに行かせたんです。幸いにも、お客様と暗くなった駅で、会うことができました。

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「稼働率96%で再開した旅館が、休業中にやっていたこと」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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