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南三陸の灯を消さない~ハートブレイク・ホテルに集った人々

震災に負けない人々(4)南三陸ホテル観洋

2011年5月31日(火)

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 人がいなければ、ホテルなんて意味がない――。

 壊滅した南三陸町で、高台に残ったホテル。そこでは、震災直後から様々なドラマが繰り返されていた。

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 宿泊客から従業員、住民、復旧作業員が肩を寄せ合うようにして暮らしてきた。そして、いつしか強い連帯感が生まれていった。

 町を復興しなければ、人々がこの地を去ってしまう。そうなったら、ホテルも会社も商店も、すべてが意味をなさなくなる。

 その時、ホテルに集う人々は知った。自分だけで生きてきたわけではないことを。

 そしてホテルは、町の復興に携わる人々が集散する「復興の拠点」になりつつある。

 南三陸ホテル観洋――。

 太平洋を望むそのホテルの数カ月の物語を始めよう。

内藤 地震が起きた時のことを振り返ると、何が記憶に強く残っていますか?

「その時、ロビーから津波が見えました」

阿部憲子女将 3月11日の午後、お客様とこのロビーで打ち合わせをしていました。ちょうど、20数人のお客様がソファーに座って、チエックインを待っていました。

 そして、午後2時46分に揺れ始めました。

 最初は、それほど大きな地震だと感じませんでした。しかし、しばらくすると建物全体がガタガタと縦方向に揺れ始めました。この時、「これまでの地震と違う」とピンときました。まず、お客様の安全を確保しなければなりません。すぐに、みなさんをホテルの外に誘導しました。

 館内には30~40人のお客様が、前日から宿泊していました。そのため、スタッフは決められた手順で、それぞれが各フロアの避難誘導に向かいました。1組のお客様がお風呂に入っていたのですが、すぐに出てもらって避難してもらいました。

 当日、500人以上のお客様が宿泊する予定でした。地震が午後3時前だったので、地震の時に館内にいたお客様の数は限られていました。しかし、私どものように宿泊業をやっておりますと、揺れただけで避難誘導しなければ、と意識します。振り返ってみると、これまで、何度も避難訓練を繰り返していたので、冷静に避難誘導ができたと思います。

 次に、施設に何か支障を来していないか、確認に向かいました。幸い、このホテルは岩盤の上に建っているので、ロビーのシャンデリアだって1つも壊れることはありませんでした。

 しかし、悲劇はこの後から始まりました。地震から20分後、南三陸に大きな津波が襲ってきました。このロビーからも、津波が近づいてくるのが目に入りました。ただ、せいぜい水位が上昇する程度としか感じず、ここまで津波は上がってこないと思えました。

 しかし、その後、町の方から黄色い土煙が上がりました。何が起きたのかは分かりません。ただその土煙を見ながら、為す術がなかった。被害がないことを、ただ祈るばかりでした。50年前の出来事が脳裏をかすめました。

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「南三陸の灯を消さない~ハートブレイク・ホテルに集った人々」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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大量陳列、大量販売というのがある程度限界にきているのかなと思います。

松﨑 曉 良品計画社長