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原発事故が100%起こらないなら、今日から私も推進派

安全な会社は「人は悪気がなくても事故を起こす」と考える

  • 武田 斉紀

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2011年6月6日(月)

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ある日、空から石が降ってきた

 都会からそれほど離れていないある村で起こった話だ。台風が去った後、小さなお社(やしろ)があった場所に、真っ暗な穴が開いているのを住民たちが見つけた。

 村人が穴に向かって「おーい、でてこーい」と叫んでみても反響がない。小さな石ころを投げても結果は同じ。そんなある日、一人の男が「この穴を私にくれたら、穴を埋めるだけでなく、別の場所にもっと立派なお社を建ててあげますよ」と言ってきた。彼は穴を村から譲り受けると会社を作り、都会で「原子炉のカスなどを捨てるのに、絶好ですよ」と宣伝して、電力会社と次々と契約した。

 住民はちょっと心配したが、「数千年は絶対に地上に害は出ない」と説明されたこと、また利益の配分をもらうことで納得した。都会をつなぐ立派な道路が作られ、次々とトラックがやって来ては原子炉のカスを捨てていった。穴はいつまでたっても一杯にならないので、いらないものや都合の悪いものがどんどん捨てられた。都会では当時生産ばかりに熱心で、後始末に困っていたものが山ほどあったので、都会の住民たちは安心した。

 それからずいぶんたったある日のことだ。建設中のビルの上で作業員がひと休みをしていたら、頭上から「おーい、でてこーい」という声がして、小さな石ころが降ってきた──。

 ここまで読めば、「あれか」と思い当たる方も多いかもしれない。これは、ショートショートという短編で知られる作家、星新一さんの作品『おーい、でてこーい』の粗筋だ。

 この作品が短編集として発表されたのはホームページによれば1961(昭和36)年。日本で最初の原子力発電が1963年に成功し、営業運転が開始されたのが1966年のことだから、まさに原子力黎明期のころだ。日本は高度成長期の真っ只中にあり、まだ公害問題さえも公になっておらず、エコ(エコロジー)や環境問題という言葉さえなかった。星さん(1997年に他界)の先見性には驚かされる。そして読み返すほどに、そら恐ろしさが増していくのだ。

 半世紀50年がたった。今や原子力発電は、日本の発電量の約30%を占める一大産業となった。電源開発(東京都中央区)のリンク集を見るだけでも、多くの企業・団体がかかわっていることが分かる。日本は原子力発電設備では米国、フランスに次いで世界第3位、主要国の総発電量に占める原発の割合でも、フランス、韓国に次いで第3位に付ける原発大国になった。

 私は先日、星さんの『おーい、でてこーい』が中学校の英語教材になっているのを見つけた。その瞬間、今回の原発事故を想起した。そして先人の思いを無駄にしないよう、私なりの視点から書いてみたいと思った。

 ただし今回のテーマは「現時点での原子力発電の是非」についてだ。私の結論はタイトルの通り。「原発事故が今後100%起こらないと証明できるなら、今日から原発推進派になる」だ。でも万に1つでも起こる可能性があるなら推進派にはなれない。原発推進派である同盟国・米国や原発大国のフランスなどには、この問題において背を向けることになるが、自分と家族と国民の命には代えられない。

 原発事故が万が一起こるならと書いたが、事故はこの日本で現在進行中だ。故郷を追われ、友人とも離れ離れになって、慣れない土地での生活を余儀なくされ、安住の地さえ見つかっていない人々がいる。原発の近くでは日々放射能におびえている人々がたくさんいる。子供たちは、長袖に帽子やマスク着用で学校に通い、教室では窓を閉め切っての学習を強いられている。外遊びも制限されているようだ。

 そんな状態で、まだ推進しようとしている人がいる。彼ら自身とその家族がフクシマにいても、同じように推進しようと言えるのだろうか。答えがイエスならば、今すぐに地元の人たちと代わってあげてほしい。原発推進の話はいったん停止するべきだ。今後の話は、せめて事故が解決して、もう事故は100%起こらないと証明できてからではないのか。

コメント195件コメント/レビュー

皮肉的に言うと、全くもって賛成である。では自動車だが100%安全ではないが100歩譲って許そう。そして東電や政府の対応が批判されているが、これは安全に使う意識と能力と覚悟が足りなかったから、では、昨今の自動車運転者の意識の低い者や高齢者で踏み間違い事故とか起こしやすい人間から免許を取り上げるようにしましょう。のようにならないと論理的にオカシイですよ。(2011/06/18)

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いただいたコメント

皮肉的に言うと、全くもって賛成である。では自動車だが100%安全ではないが100歩譲って許そう。そして東電や政府の対応が批判されているが、これは安全に使う意識と能力と覚悟が足りなかったから、では、昨今の自動車運転者の意識の低い者や高齢者で踏み間違い事故とか起こしやすい人間から免許を取り上げるようにしましょう。のようにならないと論理的にオカシイですよ。(2011/06/18)

「皮肉を効かせたつもり」「逆説的に言ったつもり」の論説が、皮肉にも何にもなっておらず、全く破綻してますよって言う話ですね。分からないことがらについては、例えとして引かないほうが無難でしょう。生物兵器は御しやすいような引用の仕方でしたが、私にはとてもそうは思えません。(もっとも、生物兵器と一口に言っても広すぎて、この方が何を言っているのかわかりません。)もっといいたとえや皮肉を使えばよかったのに。ご自分の専門分野からひくとか。論理破綻、皮肉失敗のうえに、まとめのあたりが「子供が~」「家族が~」と感傷的になっているから「いやだ」「考えたくない」「だからやめればいい」という主旨にしか読めません。原発のあり方についての議論には無意味な意見ですね。コメントで行間読めないだとか、原発関係者だとか、勝手な決めつけやある種の陰謀論をもちだすコメントにはあきれます。認めたくないものは相手を貶めてでも、また「論理破綻」という事実を曲解してでも認めたくないんでしょうけれども。なんでこう、もっとフラットな気持ちで文章を読めないのか私自身にとっては不思議です。結局、こういう冷静さを欠いた人たちが、誤った判断をするんでしょうね。起こりうる地震規模、到達しうる津波規模についての「(地層学的な)科学的知見・意見」を曲解、無視したりといった誰かの態度と通じるものがありますね。受け入れたくないものは受け入れない。不都合な事実は見ない。これではリスク評価も何もあったもんじゃありません。それこそこれまでの原発の安全神話と全く一緒です。今は、感情ではなく知性を働かせる必要があります。そうでないと、原発でない事柄についても、また同じような失敗を繰り返すことでしょう。(2011/06/16)

私は反原発ではなく、推進に期待している者です。現在世界の70%以上を化石燃料に頼っている訳で、100年後はどうするのと心配しています。ウラン資源も長くは持たず、世界では格段に安全性が高いと言われるトリュウム溶融塩発電が推進されるでしょう。しかしヒステリー状態の日本は大きく出遅れる事を懸念しています。確かに福島の事故は目の当たりにすれば物凄いと思います。原因は津波を甘く見ていた事が発端でしょう。多重安全と言っても津波と言う一つの原因で全滅しまいました。しかしこれは技術的には克服可能だと思います。筆者の言う100%の安全を求めてもそれはいかなる発電でも不可能であり、原発も万一事故が起こっても重大な状況にしないよう封じ込める技術促進が肝心です。我々の代に未来の子供たちに安全性の高い方法を残せることを期待しています。(2011/06/16)

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