「私自身、痛い目に遭いましたからね」。
芋焼酎のオンザロックを飲みながら田中課長が言う。
コンサルタントの僕が、5年前に初めてクライアントのA社に訪問した当時、田中さんはまだ主任だった。その後、メキメキと業績を上げ、事業部長の信頼を獲得。田中さんは若くして課長に抜擢された。この日、僕たち田中課長の昇進祝いを兼ねて久々に食事をすることにしたのだ。
「私がかつて痛い目に遭った、というのは、うちの事業部長とのやりとりですよ。下手に提案でもしようものなら・・・」
そして、突然居酒屋のカウンターを両手でバーン!と叩いた。驚いて隣の席のお客さんがこちらを振り向く。僕と田中課長は、すみません……と頭を下げた。すぐに田中課長はこちらへ振り向き様に続ける。
「こうやって机を叩くんです。『違う!』と。『このレベルでは提案にもなっていない!』。もう、やる気がなくなりますよね」。その頃のことを思い出しているのだろうか。苦笑いをした。僕は机を叩く豪快な事業部長の姿を心に描いた。確かに、彼ならやりそうだ。
「小倉さん。私は部下を同じ目に遭わせたくない。だから私が防波堤になっているんです。部下には伸び伸びとやってもらいたい。だから、事業部長に意見を通すのは私の役割にしているんです」。さわやかにそう言って、グイと焼酎を飲み干した。
これだけ部下を守ってあげているのに
興が乗ってきたのだろうか。田中課長は早口になって続けた。
「なのにねぇ。部下たちが提案をしてきよらんのですわ。催促しても、ふわっとした企画ばかり。だから、こっちで相当修正して」
「時代なんですかね。私の時は事業部長にこてんぱんにやられながら、なにくそ、って。それがないんだよなぁ。これだけ私が守ってあげているのに……」
なるほど。黙ってうなずいていた僕はしばらくぶりに口を開いた。僕は、田中課長の話を聞きながらずっと考えていた。何か違和感を感じるな……、と。田中課長は確かに優秀だ。しかし、それでいいのか。僕は、まとまりきれていない、ぼんやりとした疑問をそのまんま田中課長にぶつけてみることにした。
「ところで、田中課長。課長が新入社員の頃から今日までの間で、自分は成長したなぁ、と実感した時はいつですか」
「え?僕のことですか」。面食らって田中部長が言う。そして、うーん、と腕を組み5秒ほど。その後、絞り出すようにこう言った。
「まだ主任の時、かなぁ……。その時の課長がひどい人で。ほとんど席にいないし、行方も分からない。仕方ないから部長会の資料も私が全部代わりに作って。大変でしたよ、本当に」。生き生きとした表情でそう語ったのだ。
「やっぱりそうですか……。田中課長。いい上司の元では、部下は育たないんですよね。ダメな上司ほど部下は育つ」
言い切った僕に田中課長は驚いた様子を見せた。
「えっ? 何ですか。ダメ上司ほど部下が育つ? うーん。あぁ、そうかぁ・・・、うーん・・・」
そう言って頭を抱え込んでカウンターに立て肘をし、考え込んでしまった。
「教えてもらって」身に付いたことはほとんどない
「実は僕もそうだったんです」。僕は続けた。「そういえば、上司に何かを『教えてもらって』身に付いたことって、ほとんどないなぁと思うわけです」。
「僕が、自分の成長を実感できたのは、1度は、25歳の時。もう1つは27歳の頃。どちらも事業企画室の時のことです。最初の時は、兼務が多くてメチャクチャ忙しい課長でね。指示だけして、すぐいなくなる。相談する暇もないくらい走り回っている上司でした。だから、放任されてたんですね。その時に放ったらかされたお陰で少しだけ成長できた」。
「2回目は、少し仕事を覚えた頃に、課長が変わった時です。これまで営業所長として活躍していた課長が初めて本社企画室に来たわけです。その課長は最初にこう言った。『小倉君。僕、企画室の仕事って、よく分からないんだ。君、詳しいだろう。頼むよ』。そして、僕が先回りして仕事をすると大げさに誉めてくれた。『へぇ、そうするのか。やるなぁ』。そのうち、僕も調子に乗ってね。どんどんお節介を焼いて、最後は自分の仕事以外もどんどん手を出しちゃって。でも、楽しかったなぁ」
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経営コンサルタント。大学卒業後、株式会社リクルート入社。組織人事コンサルティング室課長を経て2003年より現職。3万人以上の管理職と接するなど、多くの企業の組織づくり、人材育成を支援する。4万7000人の読者を持つ人気メールマガジン「

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