「現場力から組織力へ」

良い組織はミスが多い?

第8回 組織的コミュニケーション(その2)〜組織における「わざわざ」と「対立」の意味

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2011年7月5日(火)

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「まぁでも、ただしいことをいう人がいっぱいいまして、それでいっぱい衝突するわけです。おたがい善意だからタチが悪いんですよね。だって善意の自分には 後ろめたいことがないんですから。相手を認めることが自分の価値基準の否定になる以上、主張を曲げられなくなるんです。でもそのとき「なぜ相手は自分の メッセージを受けとらないんだろう」という気持ちは、ただしいことをいう人たちにはないんですね。だからじつはコミュニケーションが成立しているときは、 どちらかが相手の理解と共感を得るために、どこかでじょうずに妥協をしているはずなんですよ」

(岩田聡 任天堂社長)

 前回は、 組織が個の役割を統合し、組織力として結集するためのカギとなる仕組み、コミュニケーションについて考えました。そこで重要だったのは、目的、価値観の共有がベースとしてないと、情報の意味についても共有できないということでした。それなしに、メールやウェブで情報を垂れ流して「社員がついてこない」「実行ができない」といっても、それはトップが組織というものをわかっていないことを大声で周知しているようなものです。「問題が起こったので組織内でコミュ ニケーションをして解決する」のではなく「コミュニケーションができているから組織として問題が解決できる」のです。

組織コミュニケーションの本質

 組織に限らず、コミュニケーションは情報の意味を共有化することであるとすれば、まず行わなくてはいけないのは、「目的」「価値観」つまり「believing」をそろえることです。これは、簡単そうですが実は一番難しいことです。前回で は「ビジョンを具体的に伝えること」の重要性を強調しましたが、いくら正しい理屈であっても、「believing」、つまり前提が違えば、それと同じく らい正しい理屈をつけられるからです。したがって、「believing」を共有化するということは多くの場合理屈ではありません。気持ちです。コミュニケーション、特に価値観が同じではない人とのコミュニケーションは、まず相手の気持ちを動かすということから考えなくてはならないのです。

 身の回りを見てみてください。例えば、1000円出して、1000円のものを購入しても別に気持ちが動いたりはしません。1000円で、すばらしいサー ビス、つまり「合理的な範囲」を超えたサービスを受けたときに、私たちは感動するのです。これは、例えば小説でも、映画でも、あるいは人との関係でも同じ です。「そこまでするのか」「まだあきらめないのか」と合理的な思考の世界を超え、「思っても見なかったことをする」主人公に、私たちは驚かされ、感動 し、そこで動かされるのではないでしょうか。全てが論理的で、計ったとおりに物事が進んだ場合、そこには契約はあるかもしれませんが、感動はありません。 そして、そこには理屈はありますが、本当の人間はありません。

 コミュニケーションとは、理路整然と自分の考え、立場を述べることだとトップが思っているとすれば、その部下は、あくびをしているか、今日の飲み会のこ とを考えています。「トップはここまでやるのか」「ここまで考えているのか」ということが伝わって、自分の気持ち、価値観が初めて部下と共有できるので す。完全に共有はできなくても、おそらく部下は「そこまで言うならやってみようか」という気持ちにはなるでしょう。それは妥協かもしれませんが、少なくと も前向きです。その意味で「わざわざ」行動することを通じてでしか、気持ちは伝わらないのではないでしょうか。

目的、価値観の共有は理屈ではない。相手が「そこまでやるのか」と気持ちを動かされる「わざわざ」の行動が必要である。

組織内における対立の意味

 しかし、組織の目的、価値観が共有化できたから、さまざまな方針、戦略について社内で対立がなく、常に一枚岩であるというわけではありません。1つ1つの情報の重要性については共有したとしても、そうした情報、分析の統合から成り立つものが戦略です。情報の意味については共有しても、個人には個人なりの価値観 があり、これまでの経験も違えば、してきた仕事も違うはずです。そうしたさまざまな背景から見たときに、情報の解釈や組み立てが全く同じになるわけはあり ません。

 パーソナルコンピューター(PC)の黎明期、ゼロックスのパロアルトの研究所はのちにアップルに採用されるグラフィックインターフェースのもとを作り、PCの未来をいったんつかんでおきながら取りこぼした(『Fumbling the future』)といわれます。詳細はさておき、そこで我の強い俊英たちを束ねた、ボブ・タイラーはコミュニケーションについてこう指摘します(『Fumbling the future』より)。

「コミュニケーションとは、お互いの考えの違いを明確にし、創造力を発揮して、合意に達する協力のプロセスだ」

 つまり、意見が対立するのは当たり前であり、対立から創造が始まる、いや、対立があるから創造があるのだということです。

 対立がないことは組織力が高いことを意味しません。対立がないということは、視点が1方向しかないという ことです。その意味で、大きな見落としをしているかもしれないのです。ですから、組織における信頼とは、無条件に相手のいうことに合意することでは決して ありません。組織における信頼とは、相手の意見に反対したり、あるいは相手が嫌がるだろう意見を言っても相手はわかってくれると信じることです。組 織における信頼を醸成するために、言いたいことも言わない、がまんをするというのでは主客転倒もはなはだしいといわねばなりません。

 ボブ・タイラーは、対立を「クラス1」と「クラス2」に分け、創造的合意のためには「クラス2」である必要があると指摘します。「クラス1」の意見の対 立とは、対立するお互いがいずれも相手側の考え方を十分に説明できないことをいい「クラス2」の意見の対立とは、対立をしながらもそれぞれが相手側の考え方を 十分に説明できる状態をいいます。「クラス1」のまま安易に妥協をして、後で不満が蒸し返されたり、責任のなすりあいになったご経験はないでしょうか?

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著者プロフィール

清水 勝彦(しみず・かつひこ)

慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。東京大学法学部卒業。ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D)。8年間の戦略コンサルタント(コーポレィトディレクション)経験を積み、研究者に。
専門分野は、経営戦略立案・実行とそれに伴う意志決定、戦略評価と組織学習。テキサス大学アントニオ校(2000〜2010年、テニュア取得)を経て、2010年4月から現職。学術論文以外の著書に『戦略の原点』、『経営意志決定の原点』、『経営の神は細部に宿る』、『失敗から学んだつもりの経営』、『その前提が間違いです。』、『なぜ新しい戦略はいつも行き詰まるのか』。訳書に『事実に基づいた経営』。近著に『戦略と実行−組織的コミュニケーションとは何か』『組織を脅かすあやしい「常識」』がある。



このコラムについて

現場力から組織力へ

東日本大震災からの復旧・復興の過程で見えてきたのは、日本の現場力の強さです。「想定外」、「未曾有」の状況に直面しても動揺することなく対処したのは、現場で働く一人ひとりの日本人でした。一方で政府や東京電力といった組織のトップの動きや組織的な対応はどうだったでしょうか。現場力が踏ん張っている反面、トップの対応はいつも曖昧で、組織力が生かされた場面は見受けられなかったように思えます。
優れた人材が豊富に多く集まっているはずなのに、なぜ、日本の組織はうまく機能しないのか。なぜ日本のトップは現場を率いることができないのか――。これまでの常識や前提をもう一度見直し、本当の意味でのコミュニケーションを図ることが組織力の出発点です。「トップがだめだから」「結局はヒトだ」というワンフレーズで済ませずに、本当の組織力をつけるためには組織の構成員に何が必要かを説いていきます。

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