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叱りつけて、失うものがある

[5]言い訳や自己正当化に追い込まれると学ばなくなる

2011年7月13日(水)

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 講演会が始まる3分前。60人ほどが集まった会場では、司会者が来場者へ向けて注意事項をアナウンスしている。僕はドアの外でスタンバイしながら集中力を高めていた。すると、会場設営担当の当社社員、宮本さん(仮名)が僕に対して、こう話しかけてきた。

 「小倉さん。ホワイトボードの件です。当初、小倉さんから演台の後ろに置いてくれ、というご指示がありましたが、それだと受講者からは暗くて見えにくいので、明るく見やすい斜め前の方に場所を変更しておきました」

開始3分前にそれを告げてくるとは!

 えっ!なぜ? 僕はとまどった。なぜならば、ホワイトボードが演台の前方にあると、使う時にぐるりと後ろから回り込まねばならなくなるからだ。マイクを片手に話しながら、ホワイトボードの後ろを通るのは何だか間抜けだ。

 だからこそ、多少、暗い位置になったとしても、すぐに移動できる演台の後ろ側にホワイトボードを置いてくれるようお願いしたのだ。それをなぜ、宮本さんの勝手な判断で変えられてしまったのか・・・。しかも、今さら修正がきかない講演開始3分前にそれを告げてくるとは・・・。

 その瞬間、僕はイラッと怒りがこみ上げ、心の中でこう叫んだ。「ホワイトボードを使うのは俺だぞ。決めるのは宮本さんじゃなく、俺のはずだ」と。その瞬間に大きな拍手が聞こえてきて、目の前のドアがするりと開いた。「それでは、小倉先生、どうぞ!」僕は最悪のタイミングとコンディションで講演会場へ入って行くこととなってしまった。

 「皆さん、こんにちは。ただ今ご紹介いただいた小倉です。本日のテーマは・・・」。

 僕は、必死に感情をコントロールし、先の怒りを忘れて講演に集中しようと努力した。「切り替えて、切り替えて・・・」。よし、なんとか建て直せそうだ。そして・・・。僕は、どうにかこうにか90分の講演をつつがなく終わらせることができたのだ。

本当に彼が間違っていたのか

 「小倉さん、お疲れ様でした!」。講演を主催したお客様が僕の元へ挨拶に来てくれた。「こちらこそ、ありがとうございます」。僕が頭を下げる。

 そこへ、例の宮本さんがやってきた。彼は、まずはお客様にお礼を伝え、その後で屈託のない笑顔で僕にこう告げた。「お疲れ様でした!」。僕は当初、彼を叱りつけてやろうと思っていたのだが、その笑顔を見た瞬間に考えが変わった。そうか。そういうことだったのか・・・。

 当たり前のことではあるが、彼には全く悪気はない。いや、むしろ、やる気満々である。そして与えられた職務「講演会場の設営」を精一杯に成し遂げた。「お客様にとって少しでもいい講演にしたい」。そう願い、彼なりに気も利かせた。その1つが例のホワイトボードの位置であり、たまたま、それがスピーカーである僕の望みとずれていた。ただそれだけのことなのだ。そう思った時に、先に怒りを感じた、僕の考え方自体が間違っていたことに気がついた。

 僕なりに自分の感情を分析してみると。僕の怒りの原因は、「自分は正しく」「宮本さんは間違っている」という考えだ。なぜ、そう考えたのかといえば「講演者が決定権を持ち」「会場設営者は講演者に従うべき」と僕が思っていたからだろう。

 「次工程はお客様」という言葉がある。お客様に近いスピーカーの立場である僕をお客様と思うなら、宮本さんは僕の声を事前に聞いておくべきだった。つまり、お客様に近いはずの僕の判断の方が正しい。どうやら僕は、問答無用でそう思ってしまったようだ。

 しかし、よく考えてみればこれはおかしなロジックだ。これではまるで、講演者の方が偉くて、会場設営者は1段下のようではないか。それは、どう考えてもおかしい。

コメント7件コメント/レビュー

現在うつ病で無期限の休職中の身なのです。うつ病の治療の一種として認知療法というものがあり、そのなかで特に重要な概念に「自動思考」というものがあります。人は怒りを感じるより「前」に、自分が今体験したことについて「これは、こうであるはずだ。こうでないのは間違いである、不当である」というような価値判断を自動的に無意識に下していて、その結論によって怒ったり喜んだり失望したりすると。まずいことに、価値基準が妥当かどうかについては吟味していない場合がほとんどです。でも、本当は吟味したほうがいい。無条件に正しい価値基準なんてあるわけがありません。相手はこちらに害をなすためにそんなことをしたのか? 害をなす理由があるのか? 良かれと思ってやったんじゃないのか? 危害を加えられたという結論に飛びついて怒りや絶望に駆られるまえに「本当にそうなんだっけ?」と、一呼吸おくようにしないと、いつか人は自らの激情に身を焦がし燃え尽きてしまいます。(2011/07/20)

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「叱りつけて、失うものがある」の著者

小倉広

小倉広(おぐら・ひろし)

組織人事コンサルタント

小倉広事務所代表取締役。組織人事コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラー。大学卒業後、リクルート入社。ソースネクスト常務などを経て現職。対立を合意に導く「コンセンサスビルディング」の技術を確立。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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現在うつ病で無期限の休職中の身なのです。うつ病の治療の一種として認知療法というものがあり、そのなかで特に重要な概念に「自動思考」というものがあります。人は怒りを感じるより「前」に、自分が今体験したことについて「これは、こうであるはずだ。こうでないのは間違いである、不当である」というような価値判断を自動的に無意識に下していて、その結論によって怒ったり喜んだり失望したりすると。まずいことに、価値基準が妥当かどうかについては吟味していない場合がほとんどです。でも、本当は吟味したほうがいい。無条件に正しい価値基準なんてあるわけがありません。相手はこちらに害をなすためにそんなことをしたのか? 害をなす理由があるのか? 良かれと思ってやったんじゃないのか? 危害を加えられたという結論に飛びついて怒りや絶望に駆られるまえに「本当にそうなんだっけ?」と、一呼吸おくようにしないと、いつか人は自らの激情に身を焦がし燃え尽きてしまいます。(2011/07/20)

ホワイトボードのエピソード私も似たような仕事をしたことがあるのでお互いの気持ちはよく分かりました。会場設営者の目的はなにかということをこの宮本さんという方はまだよくわかっていなかったのだと思います。目的は最高の講演会にすることだと私は考えます。なら講演者の方がベストの状態で講演していただくにはどうすべきかを第一に考えるべきです。なら、指示を変えるような場合に事前に相談しないという選択肢はありません。ご紹介の例では観客が一番損をしたのだと思います。講演者の立場でそこまでの説明はできないと思います。小倉さんの対応は理想的なものに感じました。なかなかそうは行かないです。正直なところはどうすればそのような対応ができるようになるかを教えていただきたいところです。(2011/07/14)

いばってはいけないことに社長になるまで気づかなかったわけではないですよね。部下を持ったときに最初にならうことでは?むしろこの勘違い担当は気の毒なことに注意してもしなくても同じ失敗を何度もやるでしょう。残念ですが現実には自分で気づくまで全く教えないほうがよいのでは?苦言を言ってものになるような人ばかりではないと思います。(2011/07/13)

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三品 和広 神戸大学教授