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「避難民も寄りつかない旅館」は、なぜよみがえったのか

震災に負けない人々(11)平田裕一・向瀧社長

2011年7月26日(火)

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 福島県会津若松市の東山温泉に旅館「向瀧」がある。24室の小さな老舗温泉旅館である。もともとは会津藩の指定保養所で、その源泉の1つは江戸時代中期からその地にあったという。1996年には、木造建築の施設が、国の登録有形文化財に指定された。旅館としては初めてのことだった。

 文化財にも指定されるだけのことがあって、向瀧の全ての客室は間取りが異なっている。だが、そのことから、旅行会社の企画商品にうまくなじまず、1995年には旅行会社との契約を解除して、自らインターネット経由で情報を発信して集客する方法に切り替えた。そして、古い木造建築や会津の伝統料理、温泉を好む顧客にターゲットを絞った。建物も、料理も、接客も向上させていくために、日々、社員たちがサービスを磨き続けている。

 こうした戦略が、東日本大震災後の時にどう機能したのか。今回は、向瀧の平田裕一社長に話を聞いた。

内藤 地震直後の営業はどう変化しましたか?

満室のはずがすべてキャンセルになりました

平田 会津若松市は震度6弱でした。市内はとてもひどい状況でしたね。マンションなどは足の踏み場がないほど物が散乱したそうです。道路も部分的に陥没していました。蔵の壁が落ちた所もありました。他の被災地に比べて、まだ良かったのは、電気やガス、水道、通信といったインフラに大きなダメージがなかったことです。地震後もインターネットは平常通りに使えました。電話はつながりにくくなりましたが、通話できました。

 ちょうど地震の時、私は外出していて、旅館にいませんでした。揺れがとても大きかったので、急いで旅館に戻りましたが、明治時代から建てられた木造の建物に被害は全くありませんでした。ガラス1枚割れなかったんです。置物の人形だって1つも倒れませんでした。社員にも怪我はなく、全員無事だったことがすぐに確認できました。おそらく向瀧の下の岩盤はとても固いのでしょう。昔の人たちは、ここが丈夫だということを知っていたのかもしれません。

 このように、館内や地域の状況は何も変わらなかったのに、旅館の前を流れる川の色が地震直後に白緑色に濁りました。きっと上流で地盤が崩れたりして、その土砂が川の水で流されてきたのでしょう。地震があった3月11日はまだ寒く、そしてとても静かな日でしたので、この川の色の変化がとても不気味に感じられました。

 しかし、本当に怖かったのはこの後からです。地震の直後から、メールがひっきりなしに来るようになりました。内容は全て宿泊予約のキャンセル。地震で東北新幹線が大きな被害を受け、高速道路も通行できなくなりました。もしここに来ようとすれば、一般道路を走ってくるしかありませんでした。確認のために、こちらからお客様に電話しても、「行けません」という返事ばかり。それでも、3月12日から14日までは数組のお客様が宿泊してくれました。ただ、地震の翌週の3月19日からの連休は、ほぼ満室になるはずでしたが、最終的には全てキャンセルになってしまいました。

 これまで、経営改革を推し進めてきました。その努力もあって、今年3月は対前年比で3割増の予約がありました。昨年は会津若松の鶴ヶ城の赤レンガの吹き替え工事があり、観光関連で商売している会社は非常に厳しかった。でも、向瀧はおかげさまで昨年8月、9月も3割増しの実績をあげました。その勢いが3月にまた来たかと思っていたのですが、地震でキャンセルになってしまった。3月11日から4月11日までの1カ月で、前年比で1割のお客様しか宿泊いただけませんでした。このように、地震の直後からキャンセルの嵐が大きく吹き荒れました。

 キャンセルの次に襲ってきたのが、旅館業に必要な材料が入らなくなる事態でした。これはとても深刻で、3月15日頃から問題が顕著になり始めました。郡山にある宅配業者の倉庫も被害を受けたようで、物が届かなくなりました。ガソリンや灯油、重油も入ってこなくなりましたね。これがなくなると、クリーニング店で浴衣やシーツの洗濯ができません。また、社員も出勤できなくなりました。食材も入らない。地元の食品スーパーの棚から商品が消えてしまいました。ただ風呂は源泉を持っていますので問題ありませんでした。電気が来ていたので暖房も問題ありませんでした。

内藤 苦境の中で、どう集客の手を打ちましたか?

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「「避難民も寄りつかない旅館」は、なぜよみがえったのか」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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