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ドジャース破綻の舞台裏(下)

近く起きる「日本の球界再編」の参考にせよ

2011年7月21日(木)

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 前回のコラムでは、放蕩経営から資金繰りを悪化させ破綻に直面しながらも何とか経営権を維持し、再建を果たしたいドジャースのオーナー、フランク・マッコート氏と、球界全体の利益のために現オーナーには経営から手を引いてもらいたいMLB機構とのつばぜり合いを解説しました。

 MLB機構は、ドジャースの経営権剥奪のためにその気になれば抜くこともできた「球界の最大利益」条項という“伝家の宝刀”を最後まで抜きませんでした。その間、マッコート氏は球団経営のコントロールを失うリスクを冒してまでも米連邦破産法11条(チャプター11)を申請してしまいました。

 今回のコラムでは、この2つの謎を解き明かしながら、チャプター11申請後も続くMLBとドジャースのバトルの最新情報を追い、リーグ経営の本質について考えてみたいと思います。

MLBが及び腰だったワケ

 MLB機構が“伝家の宝刀”を抜いたことは、過去にも何度かありました。そして、その判断の正当性を巡って、度々裁判になっています。

 例えば、1976年に有力選手をボストン・レッドソックスとニューヨーク・ヤンキースに金銭トレードで放出したオークランド・アスレチックスに対し、当時MLBコミッショナーだったボーイ・キューン氏は「オークランド地区のチームが衰退する上に、財力に富むチームに選手が集中し、戦力均衡が崩れる」などとして「球界の最大利益」条項を発動し、このトレードを却下します。これに対し、アスレチックスのオーナー(当時)だったチャーリー・フィンリー氏は、「トレード自体がリーグ規約に違反するものではなく、コミッショナーの判断は恣意的でその権限を逸脱するものだ」として裁判を起こします。

 また、1992年には、エクスパンション(コロラド・ロッキーズ、フロリダ・マーリンズの新規参入)により中地区から西地区への所属変更をオーナー会議で求められたシカゴ・カブスがそれを拒否するという事件が起こります。この際も、当時のコミッショナーだったフェイ・ビンセント氏は、伝家の宝刀を抜いてカブスに所属変更を命じますが、カブスはこの命令の無効を主張して裁判を起こします。

 そもそも、MLBコミッショナーに裁判沙汰になるくらい広範な権限が認められているのは、1919年のいわゆる「ブラックソックス事件」を機にコミッショナー制度が導入されるようになった、その生い立ちに起因します。ワールドシリーズを舞台にした八百長スキャンダル(優勢を予想されていたシカゴ・ホワイトソックスの8選手が賄賂を受け取って敗退行為を行い、シンシナティ・レッズが5勝3敗で優勝)に際し、球界浄化・再生に向けた強力なリーダーが求められ、元判事のケネソー・ランディス氏が初代コミッショナーとして迎えられました。

 ランディス氏は、球団オーナーにコミッショナーの裁定に対する異議申し立てを放棄させ、自らの裁定を最終判断とすることを、コミッショナー引き受けの条件にしたと言われています。ランディス氏は、先のブラックソックス事件では、情状酌量から刑事責任を免れていた8選手に永久追放という厳しい処分を下します。同氏は24年の在籍期間で13人のMLB関係者に追放処分を下し、選手間に蔓延していたギャンブルの悪弊も全面的に禁止しました。暴言を吐いた選手に対する制裁金制度を創設するなど球界再生に向けて綱紀粛正に努めました。

 このように、制度誕生時にはコミッショナーに文字通り「万能の力」が認められていました。換言すれば、紛争や利害対立が起こった際の解決方法が未整備だったとも言えます。グレーゾーンが多く、球界に“裁定者”が必要だったのです。しかし、『米国スポーツが一斉にスト突入という「2011年問題」(下) ~松井もイチローも戻ってこない?』でも解説したように、球団経営者と選手の間に労使関係が構築され、労使交渉のもとで労働協約が締結され始めた1970年代以降、コミッショナーに認められる権限は徐々に縮小していきます。300ページ以上にも及ぶ労働協約には、事前に様々な対立状況を予測して細かい規定が用意されている上、中立の第三者による仲裁制度も導入されたためです。

 こうしたコミッショナーの権限の縮小を反映して、先に紹介した2つの裁判では、前者(1976年)ではコミッショナーの裁量権が認められ、アスレチックスの訴えが退けられました。一方、後者(1992年)では一転してコミッショナーの命令が無効とされ、カブスの主張が認められました。ナショナル・リーグ規約に「他地区への所属変更は強制されない」との文面があり、コミッショナーがこの規定に反した命令を発することはできないとされたのです。

 今回のドジャース破綻の件でMLB機構が伝家の宝刀を抜くのに及び腰だったのは、こうしたコミッショナー権限の縮小化という背景があるのです。グレーゾーンでドジャースの経営権を剥奪すれば、間違いなく訴訟になっていたでしょう。前回触れたように、MLB規約には「給与遅配を起こした球団の経営権をMLBが剥奪できる」という内容は明文化されています。MLB機構は、そこまで待ってから確実にマッコート氏に引導を渡そうと考えたのでしょう。

 そして、MLBには無理にドジャースとはやり合いたくないもう1つ理由がありました。

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「ドジャース破綻の舞台裏(下)」の著者

鈴木 友也

鈴木 友也(すずき・ともや)

トランスインサイト代表

ニューヨークに拠点を置くスポーツマーケティング会社、「トランスインサイト」代表。一橋大学法学部卒、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)出身。スポーツ経営学修士。中央大学非常勤講師

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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