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第8話「男は男に恋をするのさ。それがビジネスの秘訣だ」

2011年8月8日(月)

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 「あの男はハイエナだ。死体の肉を食って肥え太るハイエナだ。
 つまり、あの男は大したものだってことだぞ、房恵。
 俺がハイエナってことで言おうとしているのは、そういうことだ。あの男は、ほかの人間にはできっこないことを、いとも簡単にやってのけた」

 13年前のことになる。
 先代の社長だった南川丈太郎が、昼間のできごとについて古堂房恵に話し聞かせていた。上機嫌なときのいつもの癖で、大声になっていた。
 房恵は、南川の椅子の隣にあるソファにすわって、スリッパをはいた脚をそろえて斜めにながし、黙って聞きいっている。

 「誰もがとっくの昔に死んだと思っていたブランド、墓場に放りなげられて捨てられていたブランドを取りだして、手づかみで食ってみせた。
 ああ、なんとも大した男だよ。
 考えてみれば、生きている動物の肉を食べるのは、動物だけだ。人間はそんなもの、口にしやしない。
 人間の食べる肉は、死体の肉だけだ。牛でも豚でも鳥でも羊でも。どれも人間様がいただくよりずっと以前のところで、死んでいる。俺もオマエも、死んだ動物の肉を食べて喜んでいるってことだ」

 あの日、昼過ぎ、ミラノから帰ってきたあの男は、成田につくなりまっすぐに社長室に入っていった。営業第三部長のあの男だ。1時間経ったところで、南川に命じられて、房恵が、エスプレッソの小さなカップを2つもって部屋に入ると、南川が古堂房恵に呼びかけた。

 「古堂君、こいつ、とんでもないことをしてきたぞ。
 あの、バァさん、ほら、カリグラ・デ・ローマの女性オーナー、あのバァさんのハートを射止めてきた。
 死にかけたカリグラが生き返ったってわけだ。
 バァさんの唇に、キッスまでしてきたそうだ。
 なあ、べったりと塗られた真っ赤な口紅が自分の唇にくっついちまって、目の前でふき取るわけにもいかず、といってそのままじゃなんともみっともないし、ってんで困ったそうだ。

 で、こいつ、どうしたと思う?
 女ならわかるか? 女じゃわからないか」

 房恵は、あわてて社長室から小走りに逃げだしてしまった。
 女性を、年齢を重ねているだけの理由で「バァさん」と呼ぶそのいい方が、どうにもいやだったのだ。その年老いた女性の唇について、その唇に塗られた紅のリップスティックについて、男たちが猥雑な会話をかわしている声が、震えがくるほどの嫌悪を感じさせた。その女性が一刀両断にくだしてくれた決断のおかげで、男二人がおおいにビジネスの成績をあげることができたのだ。それを、もう遠く離れたところにいるからと言って、男が二人して笑いものにするなど、どうしても許せないという気がしてならなかった。

 あの日の昼、古堂房恵は37歳だった。

 昼間の社長室の続きが、南青山のマンションのペントハウスで、夕刻を過ぎて始まったのが、冒頭の南川の台詞だった。
 南川のマンションだ。いや、南川が使っているだけで、会社が借りているものだった。南青山5丁目、青山通りぞいにある、古くて大きなマンションだ。その最上階、11階の30坪が南川の自宅になっている。
 いや、南川の自宅なら元麻布にある。300坪ほどの敷地にうっそうと濃い緑が繁茂し、樹々の太い幹と幹の間から、チューダー様式の古い洋館がひっそりと隠れるようにして建っているのが垣間みえる。

 「あれは女房の持ちものなんだよ。地面も建物も、あいつのもの。女房の父親がじいさんから相続したのを、また相続したってしろものだ。土地は、もとはどこかの大名屋敷の一部だったって話だ。
 あそこでは、建物のすみずみまであの女の息が吹きかけられていてな。薄暗い廊下を歩いていると、ふっと髪をふりみだした江戸時代の奥女中が後ろから抱きついてくるような、そんな気分におそわれることがある。

 庭の一木一草にも、あいつの手がふれた跡がありありとしている。真ん中にある小さな濁りきった池のほとりに立っていると、そいつがよくわかる。一本一本の木や草が、あいつがサンダルばきで庭におりてきて、その手の指先で触ってくれるのを待っている。だから、俺なんかが庭にいても、雑草までが、見かけない異物でも見るようにまるで知らん顔だ。池の鯉までが、俺が近づくとスッと反対側に泳いで逃げて、おびえたように一つにかたまってる始末さ。
 あれは俺の本当の家じゃない。俺が死ぬべきところじゃない」

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