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がんこは「何でも屋」だから強い

震災に負けない人々(13)新村猛・がんこフードサービス常務

2011年8月23日(火)

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 大阪と東京を中心に寿司、炉端焼き、懐石料理、とんかつ、沖縄料理などの日本料理店を約100店持っているのが、大阪に本社を置くがんこフードサービスである。1963年に大阪十三で四畳半の小さな寿司店として創業し、「美味しくて安い、そして楽しい」を基本理念に掲げて急成長した。気軽に食べられる日本料理を提供し続けてきたことが、消費者に支持された形だ。

 しかし、これまでの道のりは平坦ではなかった。和食は「多品種少量生産」を強いられ、規模の拡大は現場のオペレーションの複雑化を招く。そこで、がんこは伝統的な和食の世界に、工学的な仕組みを取り入れて、効率化を進めてきた。飲食店へのIT(情報技術)導入にも積極的である。様々な食材を生産者と連携して安定的に調達できるようにしている。また、セントラルキッチン方式も導入し、料理の品質向上のみならず、集中して調理人の育成も行う。

 このがんこも、3月11日の東日本大地震によって打撃を受けた。特に関東の店舗の客足が大きく遠のいた。物流の混乱から、食材もこれまで通りに手に入らなくなった。どこのサービス企業も経験したことと同じ状況に襲われたが、これまで作り込んだ仕組みをフル活用して乗り越えようと対応してきた。そして、これから本格化する「需要減少社会」という世界を、震災直後に体験することができた。

 今回は、がんこフードサービスの常務(管理本部長)である新村猛氏に話を聞いた。

内藤:地震の直後はどう対応しましたか?

博多のホテルに籠もって、対応の指示を飛ばしました

新村:東北地方が地震に襲われた時、出張で博多にいました。ちょうどセミナーが終わった所でした。会場を出て歩いている時に、妻から携帯電話にメールが届いて「地震が起きた」と書かれてありました。出張先は地震が発生しなかったので、これほど大変な出来事だとは、その時はピンときませんでした。まだ、携帯電話のサイトに速報が出ていませんでしたから…。そこで、カバンをホテルに預けて、そのついでにテレビで情報を得ようと思いました。

 タクシーに飛び乗って、宿泊予定のホテルに向かいました。すると、タクシーのラジオから、震度などの情報が流れ、「津波が来るから逃げるように」といったアナウンサーの上ずった声が聞こえました。私は阪神淡路大震災を経験しているので、あの時のことは鮮明に覚えていますが、これほど緊迫したアナウンサーの声を聞いたことがなかったんです。「これはおかしい、尋常ではない」と直感しました。ホテルに着いてテレビのスイッチを入れて、だんだん状況を把握できるようになりました。

 無理だとは承知で電話をかけてみましたが、大阪は通じるものの、東京はやはり通じませんでした。その日、社長は東京に出張していて、川崎の店舗で関東の店長たちと合宿で研修をしていました。だから、ケガした人や、壊れた建物などに対応することは、社長自ら指揮をとることができる状況にありました。また、店長たちはお客様や従業員に被害者がいるのか、また店舗の状況がどうなっているのか確認するために、川崎から上野や銀座、立川の店舗に歩いて向かいました。そして、お客様や従業員を含めて人的被害はなく、また施設の躯体や設備でやられたものもなく、茶碗や器、皿などの備品が割れる程度の被害が多少あっただけで済んだことが、翌日までに確認できました。

 ただ、こういう状況になると、社長が2~3日は大阪に戻って来ることができなくなるので、大阪にある本社で指揮を執れない社長に代わって、私が本社で何をすべきか議論し、バックアップ機能を果たすべきだと思いました。一方、こういう非常事態になると本部は動けなくなり、自分が会社に慌てて戻っても、打ち合わせに引っ張りまわされることも分かっていました。なので、博多から大阪まで新幹線は動いていましたが、その日は博多に宿泊しました。そして、大阪の従業員とメールや電話でやり取りしながら、関東の情報を集めてもらい、やるべきことを整理して考え、決断したことを早く現場に伝えていくことにしました。

内藤:どのような対策を打っていったのでしょうか?

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「がんこは「何でも屋」だから強い」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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