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原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?

加藤陽子・東京大学文学部教授に聞く【第1回】

2011年8月9日(火)

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 池上彰さんの新連載、スタートです。池上さんが、さまざまな分野の学者・研究者を訪ねて、日本と世界が直面するさまざまな問題を、各界を代表するプロの「学問の目」でとらえなおす。いわば、大人の大学、それがこのシリーズです。

 第1回でご登場いただくのは、東京大学で歴史学の教鞭をとる加藤陽子教授。加藤先生は、以前も日経ビジネスオンラインにご登場いただき、ベストセラーとなったご著書『それでも日本人は戦争を選んだ』をテキストに、なぜ日本人が負けるとわかっていた第二次世界大戦に突入したかを検証しました。

 いま加藤先生にお話をおうかがいする理由。それは、東京電力福島第1原子力発電所の事故で明らかになったように、日本の原子力発電にまつわる行政、政治、企業、地域社会、そしてメディアの行動パターンがおそろしいほど、第二次世界大戦のときのそれとそっくりだったからです。

 日本人はどうして同じ過ちを繰り返すのか?
 どうすれば「歴史に学ぶ」ことができるようになるのか?
 池上彰さんがときに「生徒」となり、ときに「対話相手」となり、加藤先生とこの問題を論じます。

池上:3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故を受けて、加藤先生が書かれたコラムを、3月26日の毎日新聞朝刊で読みました。大岡昇平の『戦争』の一節を引いていましたね。『(昭和)十九年に積み出された時、どうせ殺される命なら、どうして戦争をやめさせることにそれをかけられなかったかという反省が頭をかすめた、(中略)この軍隊を自分が許容しているんだから、その前提に立っていうのでなければならない』と。

 改めてお聞きしたいのですが、なぜあの一節を引用したのですか?

大岡昇平のように「引き受ける」ことから始めるべき

加藤:大岡は、35歳となった1944年7月、フィリピンへと向かうちっぽけな輸送船に乗せられるとき、初めてはっきりと死を自覚しました。そして自分自身、軍部を冷眼視し批判したつもりになっていたけれども、本当は許容していたのだということが身にしみる。ですから、自分が戦争や軍隊を書くときには、自らがそれらを許容していたという率直な感慨を前提として書かねばならないと心に決めるのですね。歴史を外から批判するのではなく、「引き受ける」感覚とでもいうのでしょうか。

加藤 陽子(かとう・ようこ)
1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。89年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史。本企画で紹介している以外の主な著作には『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)『戦争を読む』(勁草書房)、『昭和史裁判』(文藝春秋)などがある。(写真:大槻 純一、以下同)

 ですから大岡は、『レイテ戦記』で、非常にクールな書き方をするわけですね。出だしは、「比島派遣第十四軍隷下の第十六師団が、レイテ島進出の命令に接したのは、昭和十九年四月五日であった」となっています。

 それが読む人の心に訴える。なぜでしょう。それは、大岡にとっては自らが捕虜となり渦中にいたレイテ島での戦いを、極めて冷静に書くことで、大岡が、同時代の歴史を「引き受ける」感覚、軍部の暴走を許容したのは自分であり国民である、との深い洞察が読む者に伝わるからです。上っ面だけの批判では、大岡は歴史の外部に立つ者になってしまう。それが『レイテ戦記』にはないからです。

 震災と津波は天災ですが、今回の原発事故はその全貌が明らかになるにつれて、人災の側面が極めて大きいことがわかりました。

 では、その責めを負うのは誰か? 国か? 東京電力か? いや、それだけじゃない。事故が起きる当日まで、電力の大量消費の便利さを積極的に享受していたのは、私たち一人一人ではないのか。となると、大岡昇平に倣って、私たちは、まさに己が干与した事態について「引き受ける」ことから再スタートしないと、建設的な議論もましてや本当の復興も難しいのでは、と思ったのです。

池上:第二次世界大戦のまっただ中、大岡だけでなく、大半の日本人は、戦争を許容していた。それと同じように、現代の私たちは、消極的ながら原子力発電を許容していたのではないか――というわけですね。

 加藤先生の著書『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』のタイトルを借りると、戦争を選んだ日本人は、「それでも、原発を選んだ」ことになります。

 メディアに籍を置く人間として自責の念があるのですが、戦時中、当局以上に戦争を礼賛していたマスコミと同様、現代のマスコミも原発を許容し、あるいは他人事と考えていた側面があります。

コメント61件コメント/レビュー

 例外なく、福島原発の電気を使用してきた関東地方の住民は、私を含め全員がすべからく大岡昇平氏の自覚を持たないといけません。現実には、この「不都合な真実」から逃げようとバッシングの相手を探すだけの困ったちゃんも中にはかなりいるようですが。(2011/08/10)

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「原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?」の著者

池上 彰

池上 彰(いけがみ・あきら)

ジャーナリスト

1950年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。報道局主幹を経て、2005年3月よりフリージャーナリストとして活躍中。2012年4月から東京工業大学で東工大生に「教養」を教えている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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 例外なく、福島原発の電気を使用してきた関東地方の住民は、私を含め全員がすべからく大岡昇平氏の自覚を持たないといけません。現実には、この「不都合な真実」から逃げようとバッシングの相手を探すだけの困ったちゃんも中にはかなりいるようですが。(2011/08/10)

【対立軸しか作らない議論の繰り返しこそ最も危険である】 原発のある町で生まれ、原発のある町で育ちました。子供の頃から、推進派と反対派の衝突を見てきましたし、対立軸しか作らない議論の繰り返しこそが最も危険だと子供心に思ったものです(※今でも思っていますが)。ですから、池上彰さんに正直なホンネを言わせて頂くと、それを煽ることしかしてこなかった日本のマスコミは私は大嫌いなのです。でも、池上彰さん自身は嫌いではありません。池上彰さんの新連載に期待したいのは、是非”第三の視点”による新しい議論展開を期待したいところです。(2011/08/10)

続きが楽しみです。より深い議論を期待します。コメントのレベルも高く色々読み応えがありますね。なのでか、「記事内容を理解していない」「読解力の足りなさ」が露呈しているコメントが目立っちゃってます。多くは「マスコミが悪い(俺はダマサレないけどね)」「民衆は愚かだ(俺はチガウけどね)」式で、日本の今後の道のりの険しさが暗示されているようです。本件の議論のターゲットはそこではないのはあきらかで、普通に読んでいればそんなコメントはでてこないと思うんだけどなぁ。まあ、そういうコメントをニヤニヤ眺めるのも日経BOの楽しみですけどね。(2011/08/10)

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