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 「千両みかん」という落語がある。今年、東日本大震災で被災した子供たちを支援するために行ったチャリティー落語会で、トリを務めてくださった立川志の吉さんが演じてくれた噺でもある。

 なお最近ところどころで誤解されるので、あえて付記しておくが、私は落語を聞くのが大好きだけれど、残念ながら自分で演ずる能力はない。チャリティー会の当日も、公認会計士のTさんと私が、前座代わりに講演を行い、その後に落語家さんにご登場いただくという趣向だった。

 話を「千両みかん」に戻そう。主人公はとある大店の跡継ぎ息子。理由はよく分からないが、体調がすぐれないのか、床にふせったまま部屋から一歩も出てこない。心配した両親が、長年奉公して最も信頼している番頭に、息子と1対1でゆっくり理由を聞いてもらうことにした。

 この手の状況だと、恋患いが原因だろう、という流れになるが、それを裏切るのが落語らしいストーリーの面白さにつながる。ある噺では、スプーンだの橋の欄干だのといった金属に対するフェチズムが高じて、という仰天の展開になるのだが、演題通り、千両みかんの場合は、夏のさなかに、みかんが食べたくて、食べたくて、病にふせる、という話だ。

 ハウスみかんから冷凍みかん、あるいは輸入かんきつ類。一年中、みかんの類が手に入る現代ではなく、江戸時代の設定なので、みかんは冬にしか出回らない。真夏に、お店の跡継ぎの病気回復を願って、江戸中を走り回った番頭さん、ある大きなみかん問屋でようやく手に入れることができたのだが、何とその値段、みかん1個千両だという。

みかんに千両をつけた問屋主人の説得力

 この噺、プライシングというものを考えるうえで、なかなか面白い。

 まずは、コスト面からの議論。「千両というのは、いくら何でも暴利だろう」と言う番頭に対し、みかん問屋の主人が懇々と価格の正当性を語るのだが、それは主としてコストの正当化だ。主人いわく、

 「このみかん1個の背後には、無駄を承知で大量に保存しておいた蔵一杯のみかんの在庫がある。蔵一杯分残しておいて、ようやくこの1個だけが夏の盛りまで、傷まずに残った」

 「何年、いや何十年に一回、来るか来ないか分からない夏の盛りにみかんを所望する客のために、毎年毎年蔵一杯分の在庫を、ダメになるのを承知で(冬の間に売り切ってしまわず)残しておく、ということの大変さ。これが(同じ商人として)分かっていただければ、みかん1個千両というのは、決して無茶な値付けではない、とご理解いただけるはず」

 要は、良品1個を残すためにかかった「蔵一杯のダメになったみかんのコスト」×「過去に同様の客が来てから、現在までの期間」という背後のキャッシュフローを考えろ、と言っているわけだ。なかなか説得力ある説明である。

 さすがに、蔵を別の目的に使用する「オポチュニティー・コスト」についてまでは含めていないし、バランスシート上に減価し続けるみかん在庫が残ることの課題などについても触れてはいないが……。

 冗談はさておき、千両という値付けの背後にある尋常ならざる努力とそのコスト。これを聞いた番頭は、さはさりながら、ということで、いったんお店に戻り、主人に判断を委ねることにした。

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