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カネがなくても、地元を誇りに思う気持ちが人を呼ぶ

最終回 それぞれの立場を乗り越えて

  • 荻野 進介

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2011年9月16日(金)

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 前回まで、ワインツーリズムというイベントが、職種の異なる多くの人たちの手を経て、いかにできあがってきたかを見てきた。最後に、このイベントの課題や展望について、見ておきたい。

 改めてワインツーリズムというコンセプトについて、考えてみよう。

 お気に入りのワイナリーに足を運んでワインを購入する。ここまではワイン通なら、さほど珍しい行動ではない。ところがワインツーリズムはその先を行く。ワイナリーだけではなく、ぶどう畑、見晴らしのいい道、飲食店など、ワイン産地の魅力を五感で体感してもらおうというわけである。

 東京にいれば、いくらでも世界中のうまいワインを手に入れることができる。もちろん山梨県産も含めてだ。ところがなぜ人々は、お金と時間を使って、わざわざ山梨まで行って、ワインを試飲し購入するのか。

 そこでしか体験できないことがあるからだ。そこで体験したことをワインとともに持ち帰り、東京でコルクを抜くことに大きな喜びを感じるからだ。この点が、「体験型ツーリズム」としてのニューツーリズムたる所以である。

「モノとしてのワイン」から「コトとしてのワイン」へ

 これは近所のコンビニでワインを買う場合と比較すると分かりやすい。コンビニのワインには値段や銘柄、味といった商品としての属性しか存在しないが、わざわざワイナリーまで赴いて購入したワインには、そうした属性の他に、原料としてのぶどうの話、つくり手の思いや苦労など、さまざまな物語が付着している。

 ワインツーリズムに参加した人は、そういう物語も含めて、わざわざ足を使って購入したワインを消費しているのである。

 イノベーション研究で知られる野中郁次郎・一橋大学名誉教授は自著『イノベーションの知恵』(勝見明氏との共著、日経BP社)で、英国出身の哲学者、ホワイトヘッドの主張を引き、知識経営の時代における、モノ的発想からコト的発想への転換の必要性を力説する。

 ホワイトヘッドは、〈世界はことごとく、常に「生成発展する」ため、目を向けるべきは「モノ(substance)」そのものではなく、「コト(event)」の生成消滅するプロセスであると説〉いたという。

 野中によれば、モノは人間と無関係に存在するのに対して、コトはそこに関わる人間の関係性のなかで成立する。ワインの例でいえば、コンビニのワインは味と値段で評価されるモノとしてのワインであり、ワインツーリズムで購入されたワインは、つくり手の物語などを内包したコトとしてのワインである。

 モノの普及には限度があり、値段や質、ブランドが決定的に重要になる。ところがコトには限度がない。値段や質も関係ないとまでは言わないが、重要性は後退する。人間の関係性の構築によって成立するさまざまな物語を用意できれば、新たな価値を付加することができる。これこそがイノベーションに他ならない。

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