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第10話「社長にまでなった人が後悔だなんて、誰も信じないわよ」

2011年10月11日(火)

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 「僕は後悔している、これまでの自分の人生の過ごし方を。
 もう、残りはあまりないのに、いまさらだけれど、ね」

 あの男が古堂房恵のマンションを訪ねるようになってからのこと、房恵にあの男が問わず語りに話し始めたことがあった。

 小さなマンションの淡い藤色のじゅうたん敷きの6畳の部屋に、ダイニング・テーブル代わりに置いてある一人用の座り机に向かいあって座っていた。あの男は、体をすっかり壁にゆだねて、気持よさそうに首を前後に揺らしていた。マンションに帰る前、なじみの和食の店に寄っての遅い夕食で、二人とも少しアルコールが入っていた。

 「え? あなたが?
 だって、あなたは内外海行の社長にまでなった人でしょう。誰がどこから見たって成功者っていうことにしかならない。他人から見れば羨ましがられる存在。そんな人が、どうして。後悔だなんて。
 誰も信じないわよ」

 房恵が清水焼の湯呑みに日本茶をそそぐと、あの男は、待っていたように手にとって、「アチッ」と小さく叫んだ。音を立ててテーブルに戻す。

 「僕は、人生は一度だけ、二度とない、だなんて、なんども、数え切れないくらい口では言ってきた。でも、今になって、この僕が、僕自身の人生の時を、まるで邪魔物、ゴミかなにかのように投げ棄ててしまったのだと、心から後悔している。

 本当の話だ。
 どうしてそんなことをしたのかって? とっても不思議そうな顔をしているね。僕って男は、変かな?」

 ゆっくりと左手を伸ばし、そろえた指先で房恵の右頬に触れると、ニヤリとした。房恵も微笑みを返す。あの男は、あくまで上機嫌だった。

 「すべては、僕の愚かさに尽きる。
 子供のころは、早く大人になりたいと、そればかり考えていた。時間が早く経てばいいのにと、そればかり願っていた」

 「大人になってからは?」
 房恵があの男の目の中をのぞきこむ。
 「いつ大人になったのかわからないけれど、とにかく豊かになりたかった。つまり、金だ。金が欲しかった。
 金でなにがしたかったのかって顔だね。
 そんなに僕のことが不思議かい?
 金で、なんでも買いたかったのさ。それに、ほらよく言うじゃないか、金ならいくらあっても邪魔にはならない。

 それで、金が貯まったかって?
 どうかな。少し、いや、多少は。
 とにかく、使う分はそこそこ稼いでいるつもりだ。有難いことだ。
 だから、目標は達したってことになるのかもしれない。

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