皆さんは今年のお正月、どのようにお過ごしになられましたか? 「初詣」には出かけられましたでしょうか?
なんとなく年中行事のように行っているかもしれない、この「初詣」、ちょっと見直してみると、意外なところから「日本」の独自性が見えてくるような気がするのです。
「お宮」とは何か?
初詣に出かけるといったら、行く先は「お宮」が多いですね。実際には「ナニナニ厄除け大師」など「お寺」に参るということもありますが、これは長い神仏習合の習慣からそうなったもので、本質的には神事として考えることで、初詣の本質が見えてくるのですが、それはちょっとあとにお話することにしましょう。
例えば今言った「お宮」この言葉、どういう意味か、お考えになったことがありますでしょうか? 僕は比較的最近まで、そういう言葉だ、と決め付けて、意味などまったく考えずに過ごしてきました。
改めて「おみや」という言葉を見ると「お」+「みや」になっていますね? この「みや」ですが、「み」+「や」つまり「御」「家」なんですね。
丁寧な、あるいは尊称かもしれない「御」がついた「家」つまり「尊いお家」あるいは「尊い人が住む家」というのが「み・や」という言葉の本来の意味だと知って、へぇ、なるほど、と思いました。
例えば、いまの皇太子は子供のころ「浩宮」と呼ばれていました。皇族は「宮家」と呼ばれます。「高松宮」「三笠宮」「高円宮」などなど。
みんな「御ハウス」というのが元来の言葉の意味になる。そう考えると「宮家」という表現はなかなか変ですね。「御(み)家(や)家(け)」と言っているわけですから「お宮」という言葉は丁寧語の二段がさねになっているわけですね。
そんな変な日本語が他にあるかというと・・・あるんですね、実際。
たとえば「御神籤」おみくじは「お」+「御」+「クジ」で、やはり二段になっている。カミサマのご託宣ということですから、とても大事に丁寧語を重ねる格好になっているわけですね。
そんなこと、私たちが一回100円など払ってオミクジを引くときには、一切意識しないと思いますが(笑)。
初詣の源流探訪
さて、そんな丁寧な「お宮」に参る「初詣」というのは、いったいそもそもどういう行為だったのでしょう?
日本が国家としての形を執るようになるのは聖徳太子や大化の改新の時代より少し遅れて、法治国家という程ではないですが、一応の成文法に基づいて統治が行われるようになった「律令制」導入以後のことと考えてよいでしょう。そこで、日本古代史の大津透さんの著作に沿いながら、初詣の源流を探訪してみたいと思います。
律令法というのは国事をさまざまに規定する「令」と、刑事罰を規定する「律」からなるもので、いまここでは刑事事件は関係ないので「令」を見て行くことにしましょう。
日本国憲法の第九条は平和を考える上で重要なものですが、「儀制令」という令の第九条は「元日条」となっていて、こんな規定がなされています。
「凡そ元日には、親王以下を拝するを得ず。唯だ親戚及び家令以下は、禁ずる限りにあらず」
元日には、「親王以下」を礼拝しちゃだめだ、と書いてあるんですね。どういうことかというと、元日という日は「天皇を礼拝する日」だということです。この「令」というのは、都にいる貴族(正確には五位以上の官人)の生活、有職故実を規定するものですから、そういう前提で読んでいただきたいのですが、元日というのは天皇を礼拝する「ミカドオガミ」の日になっている。
ここで、上に引いた「天皇以外は拝んじゃだめヨ!」という規定は、じつは唐の令制にはない日本独自の規定で、ここに注目すると日本というものが何か、よく見えてくる、と大津さんは言われるわけです。
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