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第13話「オマエも若いだけの女ではない。わかるはずだ」

2012年1月23日(月)

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「私たち、興津に3年もいたのね。なんだか、本当のような気がしない」

 12年前のことだった。
 内外海行の社長が東京地検の特捜部に逮捕されてしまった。そうなった以上、誰の目から見ても、南川丈太郎が社長にもどるしかないことはあきらかだった。前の社長だったし、逮捕された男を後継者に指名したのも南川だった。それに、肩書きのうえでは依然として取締役会長という立場にあった。なによりも、創業者一族の縁続きということもが誰の頭にもあった。会社が危機におちいったときには、そうした血のつながりといったことが重要になるタイプの会社もあるものだ。内外海行はその一つだった。

「ま、会社のことは一時のことだから」

 南川は、好物の興津の港に上がったアマダイの一夜干しを箸の先でほぐしながら、房恵に話しかけるとも独りごとともなく、東京での騒ぎを口の端にのぼらせた。

「すぐにまたここに戻ってこれるの?」

 房恵の問い返したのには、南川は口に入れたアマダイを味わうばかりで、なにも答えない。
 房恵にしてみれば、南川のこうした自分勝手なふるまいには慣れていたから、黙ってそのままにしておいた。

「なんど食べても、興津のアマダイはみごとだな。
 とくに今晩のやつは、とても幸せな一生を送ったアマダイに違いない。ふっくらとした身の弾力がいい。魚ながら、なんともうらやましいやつだ」

 南川は箸をおくと、こんどはあきらかに独りごととわかる調子でつぶやいた。
「そうね。お魚の美味しい場所って、住んでいてとってもしあわせを感じる。
 私って、日本人なのねえ」
 房恵も、答えるともなく、自分にいいきかせた。

 興津で二人の住んだ家は、20坪ほどの小さな作りだったが、木材を吟味した南川自慢の伝統的な軸組工法の建物だった。南に広い芝生の庭が広がっていて、海の間際までくると突然けわしい崖になって20メートルほど真っ逆さまに落ち込んでいる。

「あの芝生と崖があるんで、この場所が気にいったんだ」

 南川はその話をするたびに目を細めた。
 土地も建物も、南川の指示で房恵の父親が社長をつとめる会社の名義になっている。

「どうして?」
 房恵がたずねると、
「おまえのものにしたいからさ、俺が自分で稼いだものはなにかも」
 そう言って、微笑んだ。

 海に向かって洋風の風呂場がつくってあり、広い窓に大きくて分厚い一枚ガラスがはめ込まれていた。二人は入れるかという大きなバスタブのなかで両方の手足をのばし、首を浴槽にもたせかけたたまま、芝生の上に広がった海をながめるというのが南川の注文だったのだ。南川は嵐の夜、横なぐりの激しい雨と風の音をガラスの向こうにききながら、灯りを消した湯にいつまでもつかっていることがあった。

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