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「技術多様性」が突破するモノづくりの隘路

信頼性と安全性を取り戻すための3つの視点

  • 常盤 文克

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2012年1月24日(火)

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 昨年は、東日本を襲った大震災によって、日本のモノづくりのあり方が問われることになった年でした。自動車業界を中心に部品や完成品のサプライチェーンが機能を停止したほか、福島第1原子力発電所の事故によって日本の技術の信頼性と安全神話が揺らぎました。今までのモノづくりや技術のあり方に関する議論が噴出した1年だったと言っていいでしょう。

 それが年をまたぎ、間もなく震災から1年を迎えますが、問題意識が徐々に薄れてきているように感じます。そこで今回は改めて、日本のモノづくりや技術のあり方について、私なりに提言したいと思います。

短絡的な安全神話を妄信した日本社会

 最初に挙げたいのは、技術と社会、または人間との対話です。日本の原発については、これまで「安全」だという神話がまかり通ってきました。その根拠は、日本の技術レベルが高いから大丈夫、安全である、という極めて短絡的なものでした。極端なことを言えば、日本の新幹線は開業以来30年以上も大きな事故を一度も起こしたことがないほどの技術力を持つので、日本の原発も安全である??といった具合です。こうした科学技術に対する妄信が、安全神話を支えていたのではないでしょうか。

 ところが、原発の事故が現実のものになってしまいました。こうした根拠のない安全神話がはびこっていた背景には、いくつかの理由があります。まず、技術に関する十分な説明が、社会に対してなされてこなかったことです。

 研究開発の現場にいる技術者が優秀であることには、疑う余地はありません。しかし、現場の技術者の声を会社のトップや官公庁のお役人が聞き流し、技術者に任せきりにしていたり、技術者の方も専門的なことは「分かる人にだけ分かればいい」と考えたりする風土があったと思います。科学・技術は決して万能ではない、限界があるのだということも含めて、もっと実態を一般の人たちに分かりやすく、かみくだいて説明する、また知ってもらう必要があったと思います。

コメント7件コメント/レビュー

肝心な事を語っていない記事。偏った視点のみで構成されており、この記事だけを見ていたのでは危険だという典型的な記事です。親世代が科学離れを起こしたのは、きちんと説明せず“できるだけわかりにくく説明”することで誤魔化して、利益を吸い上げて来た者達がいたからであり、その典型が原子力政策だったはず。原子力という新しいエネルギーを持ち込んだ時、最先端の専門家たちはまず利点を見て夢のエネルギーだと思ったそうです。しかし実態を調べ、追求し、その弱点を知っていく内にこれは自然災害の多い日本に投入してはいけないのではないか、少なくとも今の時点で日本で使うには早すぎる技術ではないかという“不安”が広がり、懸念を示していたそうです。当時の権力者たちがその懸念を無視し、自分の主張に反対する人達を排除するなどして強引につくられたものが“原子力ムラ”であり、福島第一原発です。立地である福島県民を説得するためには、できるだけ弱点をわかりにくく誤魔化したほうがやりやすい。そうやって“何だかわからないけど、科学の進歩は凄い”と思わせて誤魔化している内に、国民全体に科学離れが広がったと思います。この手法は日本の政治にも当てはまっていて、“なんだかわからないけど、役人に任せておけば悪い事はしないだろう”と政治家が誤魔化してきた為に、日本国民全体が政治に対して真剣に向き合わなくなってしまった。監視する人がいなくなった結果歪みがどんどん広がって、結局“何にお金を使っているかわからない”ような国になってしまったのではないでしょうか。この“誤魔化しの手法”についてきちんと向き合わないままでは、何を語った所で考えの浅さと視点の偏りから脱却できません。(2012/01/25)

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肝心な事を語っていない記事。偏った視点のみで構成されており、この記事だけを見ていたのでは危険だという典型的な記事です。親世代が科学離れを起こしたのは、きちんと説明せず“できるだけわかりにくく説明”することで誤魔化して、利益を吸い上げて来た者達がいたからであり、その典型が原子力政策だったはず。原子力という新しいエネルギーを持ち込んだ時、最先端の専門家たちはまず利点を見て夢のエネルギーだと思ったそうです。しかし実態を調べ、追求し、その弱点を知っていく内にこれは自然災害の多い日本に投入してはいけないのではないか、少なくとも今の時点で日本で使うには早すぎる技術ではないかという“不安”が広がり、懸念を示していたそうです。当時の権力者たちがその懸念を無視し、自分の主張に反対する人達を排除するなどして強引につくられたものが“原子力ムラ”であり、福島第一原発です。立地である福島県民を説得するためには、できるだけ弱点をわかりにくく誤魔化したほうがやりやすい。そうやって“何だかわからないけど、科学の進歩は凄い”と思わせて誤魔化している内に、国民全体に科学離れが広がったと思います。この手法は日本の政治にも当てはまっていて、“なんだかわからないけど、役人に任せておけば悪い事はしないだろう”と政治家が誤魔化してきた為に、日本国民全体が政治に対して真剣に向き合わなくなってしまった。監視する人がいなくなった結果歪みがどんどん広がって、結局“何にお金を使っているかわからない”ような国になってしまったのではないでしょうか。この“誤魔化しの手法”についてきちんと向き合わないままでは、何を語った所で考えの浅さと視点の偏りから脱却できません。(2012/01/25)

親の理科離れが問題ということですが、今の親が子供の時代の親達は今に比べるとずっと平均的な学歴は低かったはずです。教養という意味では理屈の上では今の親の方が経金レベルでは高いはずです。しかし、おっしゃるとおりだとすると問題は学校教育特に高等教育にあるということになるような気がします。さて現在の理科離れは、待遇の差によるものが実態だと思います。理工系の大学の学部は法学、経済の学部に比べて実験などあり卒業までに多く勉強しなくてはなりません。しかし、就職後は法学経済出の人の方が給料が高くなる(出世する)可能性が高いといわれています。それでは理工系に進むのは本当にそれが好きな人だけです。多くの人は楽して収入を増やしたいと考えます。それが普通でしょう。事実収入が高いといわれる医学部は理系にも関わらず大変人気が高いです。(2012/01/25)

理科離れは問題ですね.社会の理系的思考への距離感や技術者・研究者の待遇の問題もあるかと思いますが,学校や家庭の影響もかなり大きいと思います.OECDが生徒に対し行った「先生は,科学の考えが実生活に密接に関わっていることを解説してくれる」との質問に対し,YESと解釈できる回答の比率は,日本では30%未満でアメリカ,イギリス,カナダでは40~50%のようです.学校での教育の問題もあるようです.また,同じくOECDの成人の科学技術に対する理解度の正答率は,日本人の場合,男性67.5%,女性57.5%です.アメリカ,イギリスでは男女共に60%以下の正答率はありません.これから考えられることは,家庭における父親の教育への関与の低さということでしょうか.このような環境に子供が置かれているのであれば理科離れも当然かと思います.(2012/01/24)

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