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老舗旅館で起きた料理長の反乱

リーマンショック後も二ケタ増収~東山温泉・向瀧(前編)

2012年2月7日(火)

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 日本の温泉は大きな観光資源だ。歴史のある温泉では源泉発見の伝説がその地域に残る。それらは湯治場であったところが多い。地元に住む人々が農作業で疲れた身体を癒していた生活の拠点だ。戦国時代の武将が傷を癒したという伝説を持っていたり、明治以降は戦争で傷ついた将兵を受け入れた温泉地もある。

 それが観光地へと変貌していったのは、全国に鉄道網や電話線が整備され、多くの人々が簡単に移動できるようになったことが大きく影響している。健康保険制度の整備も湯治場という役割を温泉地からはく奪した。温泉地の長い歴史の中で見ればそれほど昔のことではなく、おそらく1950年代の頃である。温泉地には団体旅行客が押し寄せるようになり、そして湯治場にあった小さな宿泊施設は大型旅館へと変貌していった。

 温泉地が持つ長い歴史から、100年以上営業し続けている旅館は少なくない。古い施設を持つところも多く、登録有形文化財の指定を受けた老舗温泉旅館も数多い。しかし老舗旅館といえば聞こえはいいが、木造建築で最新の設備を持たないということでもある。高層建築ではないため、部屋数が限られるだけでなく、また建て増しされて複雑なレイアウトを持ち、間取りも部屋によって異なることも珍しくない。このため宿泊客には不便であるだけでなく、団体旅行客を受け入れるにも限界がある。従業員の作業導線は入り組み、毎日の仕事に疲労困憊しているのが実態だ。最新の施設を持つ新しい旅館に比べ、老舗旅館の経営環境が厳しくなるのは当然のことである。

 今回と次回の2回にわたり、会津若松市にある東山温泉の老舗旅館「向瀧」を紹介する。鉄筋コンクリートの旅館の谷間にある木造建築の24室ある古い旅館である。古くて不便な施設を逆手に取り、それを価値にすることで多くの個人旅行客に支持されようになった。

会津藩から引き継いだ源泉

 東山温泉は会津若松市の奥座敷で、20の温泉旅館が軒を連ねる。源泉の発見は740年まで遡り、カラスが鳴いているのを僧侶の行基が見て、伏見ヶ滝を登ったところにお湯が沸いているのを発見したという。天寧寺の湯と呼ばれるようになり、東山温泉発祥の地となった。戦国時代には豊臣秀吉や伊達正宗も訪れたという。

 江戸時代中期になるとこの東山温泉に会津藩の指定保養所「きつね湯」ができ、湯治場として多くの上級武士が訪れるようになった。明治時代になると、きつね湯が1873年(明治6年)に平田家に引き継がれ向瀧の営業を開始した。

東山温泉の老舗旅館・向瀧

コメント1件コメント/レビュー

定年後の暇人が拝見していますメールでしか読んでいませんが得るものが多く有ります働きの中心の方がらであれば自分磨きにも良いでしょう又 仕事の中に於いても活用できる記事も多くていいです(2012/02/07)

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「老舗旅館で起きた料理長の反乱」の著者

内藤 耕

内藤 耕(ないとう・こう)

サービス産業革新推進機構代表理事

世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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定年後の暇人が拝見していますメールでしか読んでいませんが得るものが多く有ります働きの中心の方がらであれば自分磨きにも良いでしょう又 仕事の中に於いても活用できる記事も多くていいです(2012/02/07)

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