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成長に必要なのは経済の新陳代謝~公共事業でも金融緩和でもない

米国は市場原理、欧州はEU統合で技術係数を高めた

2012年2月10日(金)

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 前回、2000年代を通じて日米欧の先進国が低成長に甘んじているのに対して、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)が力強く高成長を遂げている事実を紹介した。この事実は一見すると、低迷と高成長という2極化現象のように映る。しかし、実は平準化である。そして世界経済全体で見れば、この平準化は良いことである。

 一国の国民経済に例えると、一部の金持ちばかりに所得や富が集中するよりも、多数の中下層の人々に所得が行きわたって中産階級が順調に育っていく方が、その国の経済成長率は持続的に高くなる。そしてその結果として、政治的にも安定した豊かな社会となる。発展途上国がこぞって中産階級の育成を経済政策、社会政策のメインテーマに据えているのはこのためである。

 80年代までは、G5に代表される先進国が高成長を遂げた。90年代の過渡期を経て、今や世界経済の成長セクターは完全にBRICsに移った。この辺りの事情をデータで確認しておこう。

 世界全体のGDPは、1980年が10.7兆ドル、1990年が21.2兆ドル、2000年が32.2兆ドル、2010年が62.9兆ドルと順調に拡大してきた。世界経済の平均成長率は、80年代が7.1%、90年代が4.3%、2000年代が6.9%である。80年代は順調、90年代に鈍化、そして2000年代になって復活という流れである。

 この間、日米欧(G5)の成長率は、80年代は7.9%で世界全体の伸び率を上回っていた。90年代に入るとG5の成長率は4.3%と世界経済全体と並び、2000年代には3.8%と世界経済を大きく下回っている。

 この間、G5が世界経済全体に占める割合は、80年には55%であったのが80年代に大きく伸びて、90年には60%に達した。その後90年代いっぱいはそのままプラトー状態で2000年まで60%をキープ。しかし、2000年代に入って以降は急速にシェアを落として、2010年には45%にまで落ち込んだ。

職と所得が行きわたると、高度成長モードに入る

 一方BRICsが力強い成長を開始したのは2000年代に入ってからである。ちなみに2000年のBRICsにおける1人当りGDPは979ドルである。この数字は高度経済成長段階のスタート地点とされる1人当り年間所得1000ドルとほぼ符合する。一般国民に職と所得が広く行きわたり、生産と消費の両輪が順調に回り始めると、高度経済成長フェーズに突入する――という経済学の図式に見事に当てはまっている。

 国民全体に職と所得が行きわたり、生産と消費の両輪が回り始めるようになると、その国の経済はたいへん力強く成長する。日本を見ても、60年代にこのステージに突入して以降、70年代の2度のオイルショックや80年代の円高ショックに見舞われても、高成長のトレンドは止むことがなかった。90年代初頭までの約30年間、非常に力強く成長を続けた。BRICsも、山谷はあるだろうが、2030年くらいまでは成長軌道をたどることになるであろう。

 これに対して先進国はどのように現代を迎えたのか。

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