「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

「合いの手」から考える日本の歌の源流

初詣の源流探訪、その7

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2012年2月14日(火)

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 前回、節分の話を書きましたが、実は手違いで未校正のままの原稿が出てしまいました。私はしゃべるスピードでざざっと下書き(下打ち?)をして、まずもってこれを編集部に入稿し、ページに組んでもらってから画面上の見え方を含めて校正で細かく直すのを常としているのですが、新規のご担当でまだ十分呼吸が合わず、生煮えの原稿がそのままアップロードされてしまいました。まげてお許し下さい・・・

 なんて言う話が、仮にあったとしましょうか。で、ここで最初に書いた「手違い」という言葉、ここに注目したいのです。これ、語源的に「源流探訪」して考えるとしたら、一体どういう意味なのでしょう?

 まあ、標準的にまず辞書を引いてみることにしましょう、「手違い」。「手順や手配を誤ること」なんて書いてあります。「手違い」という言葉を考えようとしたら「手順」「手配」と、またしても「手」が山ほど出てくる。

 ということで、この「手」っていったい何なのだろう?と疑問が深まります。

「合いの手」から考える

 「手違い」や「手順」を考える上では「合いの手」という言葉を検討するのが面白そうに思うのです。では「合いの手」とは何か?

 これも辞書的には「歌と歌の間で伴奏だけで奏する部分」「踊りや歌の合間にいれる手拍子や掛け声、さしはさむ言葉など」とあります。

 「合いの手」で一番に思い出すのは漫才ですね。オーソドックスな漫才は「ボケ」と「突っ込み」がこっけいなやり取りをします。

A「このごろ寒いでんな」

B「そうでんな」

A「寒いと自然と着るものが厚くなる」

B「ほんまやな」

 なんて感じで、漫才で最初、相手の言うことをそのまま繰り返す、あるいはYes OKという「合いの手」を入れてゆきます。これはまあ、言うなれば合意、是認という意味合いが強い「合いの手」だといえそうです。

「是認」と「否定」の合いの手

 これ民謡や、民謡風に作られた歌謡曲ではより分かりやすくなっています。具体例で見てみましょう。

唄「はぁ〜 踊り踊るなら チョイと東京音頭」

アイ「ヨイヨイ」

 ここでの「合いの手」は「良い良い」つまり good good と言っている。合いの手の標準は相手の言うことをそのまま受ける「是認型」から出発することが多そうです。

 「東京音頭」同様、やはり近代の産物である「炭坑節」でも

唄「月が出た出た 月が出た」

アイ「ア ヨイヨイ」

と、やはりgoodで応じます。近代のものは全国区になりやすく、なにか平均値に均されちゃった感もある気がするのですが、もっと古い例、例えば私の大好きな「相馬盆唄」では

唄「ハァー 道の小草にも ヤレサアァ 米がなるョ〜」

アイ「ハ ヨイヨイ ヨーイトナ」

 ただ「良い」だけでなく「良い 良い 良いということだな」とダメ押ししている。歴史の強さを感じます。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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