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第14話「つまり今度の株主総会では取締役の再任はない」

2012年2月20日(月)

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 「澤田先輩は会社のために、進んで我が身を犠牲にされた」

 あの男の声だった。威圧的な、低い声だ。広い会議室と共鳴するのか、部屋のなかに響きが残って、なかなか消えない。
 目の前に20人ほどの内外海行の取締役たちがならんで座っている。ロの字型のテーブルの三辺に、それぞれ6、7人ほどが鈴なりになっていた。残る一辺に、あの男が一人だけ、ワイシャツのそでをひじまで捲りあげたうえに両腕を組み合わせて座っている。両脚をテーブルの下で左右に広げ、床を押さえつけてでもいるようだった。ワイシャツの一番上のボタンがはずされ、ネクタイも大きくゆるめられている。視線は、真っ正面をにらんで動かない。いつもの常勤取締役会の風景だった。

 常勤だけの取締役会だから、社外の人間は一人もいない。といっても、そもそも内外海行には社外の役員は監査役2名だけだった。これは法律が要求しているのだ。常勤の監査役は、どれも社内の出身だったから、社外監査役とは違って、その場に座ることが許されている。

 内外海行にとって、社外の人間を入れての正式の取締役会など名目のものに過ぎないと、誰もが知っている。そもそも、常勤の取締役会といったところで、そのさらに上部の機関である経営会議というのがある。そこで実質的にはなにもかも決まってしまうのだ。経営会議には、あの男と常務以上の者だけが出席する。誰もが承知のことだった。

 といったところで、経営会議で起こることなど、そのメンバーでない者には、実のところはなにもわかりはしない。たとえば、経営会議であの男がどうふるまうのか、経営会議の4人で、果たしてどんな議論がかわされるのか、そこに出席する立場にない者には、なにひとつ知りようもないのだ。

 あの男にとっては、経営会議も常勤取締役会も同じものでしかない。どちらも、自分が決めたことを一方的に伝える場なのだ。常勤取締役会があれば、経営会議での指示を一段と徹底することができる。あの男の決定を早く聞く機会にありつける者は、それだけ特権的な地位にあるということだった。といって、その特権にどれほどの実質が伴うものかは、その場にいない者には、所詮わかりはしない。

 毎年6月に開かれる株主総会が近づいていた。
 常勤取締役会の議事は、一つをのぞいて、予定どおりすべてなんのとどこおりもなく完了していた。
 間近にせまった株主総会で、誰を取締役候補として選任するのかがだけが、まだ議論されていなかったのだ。

 議論?
 いや、だれも議論など想像も期待してもいない。ただ、この常勤取締役会では次にだれが取締役になるのかがあの男の口から明らかにされるはずだと思っているだけなのだ。

 経営会議でも、このことについてだけは、あの男はなにも話していなかった。
 だれが次の取締役に?
 もちろん、そのときどきの社長が、誰を取締役にするのかを一人で決める。ほかのものには、理由なぞ教えない。いや、理由だとしてなにかしら言うこともあるが、それが本当の理由とはかぎらない。だれにも、隣に座っている男がなぜ取締役になったかなど、わかりようがないのだ。

 この常勤取締役会で社長が明らかにした男が、取締役候補とよばれる。正式の取締役会、次いで株主総会というセレモニーをとおりすぎれば、自動的に取締役と呼ばれるようになる。この場にいるだれもが、そうやって取締役になったのだ。

 取締役になれば、正式の取締役会にも常勤取締役会にも出席することになる。会社での場所も待遇も変わる。だが、それ以上のなにかが劇的に起こるわけではない。いや、世間でいえば、東証1部上場の会社の取締役という立派な地位についたことになる。

 しかし、それも最近では、多くの上場会社で取締役の数が半分以下になってしまった。取締役になりそこなったその半分以上は、執行役員といわれるものになっている。格下げなのか、呼び替えなのか、よくわからない。だれひとり格が上がったなどとは言いはしない。半分足らずの人数にはなっても、会社にはあいかわらず取締役という肩書きの人間がいるのだ。社長はかならず取締役、なかでも代表取締役だ。だから、やはりなんとなく、取締役のほうが格が上のようにみえる。しかし、取締役でなんとか部長というのもいる。つまり、まだ従業員を兼務しているということだ。取締役ではなく、執行役員だけの肩書きのものでも、常務もいれば専務も、会社によっては副社長もいる。その場合は、ただの平取締役よりも、社内での格は、もちろん、上だ。多くの人間には、なんでこんなことになっているのか、なんだかどうもよくわからない。

 副社長だった澤田は、辞表を出してしまってからは、取締役会に出席しない。登記のうえでは、取締役という立場はのこっているのだが、誰も澤田の姿が常勤取締役会の場にも正式の取締役会の場にみえないことなど気にもかけない。あの男が、澤田の話などすることがないからだ。

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