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あれから1年、正しく怖がる放射能

「20キロ圏内」の現在

2012年3月7日(水)

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 福島第一原発に行って来ました。被災地の現状を知り、改めて強い衝撃を受けています。

平服で近づける限界まで

 原発に行った、といっても防護服を着て中に入ったりしたわけではありません。僕は単なる音楽家でジャーナリストではないし、防護服なども持っていません。平服で、普通の乗用車に乗って、安全を確認しながらアプローチできるギリギリのところまで、20キロ圏内の被災地を見てきた、というものです。

3キロ圏内の交差点。この少し先で引き返してきました。

 去年の3月11日以降、大震災や原発事故について、さまざまな報道がありました。また被災地にボランティアなどで出向いた方もおられると思います。しかし同時に、非常に多くの人にとって、福島原発現地は直接目にすることのできない場所になっていたとも思います。少なくとも僕にとってはそうでした。

 仮に現地に行きたいと思っても、仕事の都合などつけにくいのが普通でしょう。僕もご同様で、1年2年先までちょぼちょぼと入っているスケジュールに縛られて、なかなか動きが取れませんでしたが、いろいろなご縁があり、やっと現地に伺うことができました。

 今回以降、現地20キロ圏内で撮ってきた写真などご紹介しながら、現地被災者から伺ってきた生の声の一部なりとも、お伝えできればと思っています。もしお時間おありの方、ご興味の方には、3月11日日曜日、午後2時から、慶応義塾大学三田キャンパス、西校舎ホールにて開かれます慶応アート・センター「ユアサ・フクシマ・フォーラム」でもお話させていただく事になっています。14時45分からは追悼行事の予定で、演奏なども準備しています。事前申し込みは不要、入場も無料の大学発の行事です。よろしければ、どうぞお運びください。

 今回はたまたま、国立福島大学のプロジェクトとご縁がありました。そこから僕が関西で手がけている(また「常識の源流探訪」でも今年はお正月からご紹介してきた)神社のお祭りや儀礼などのプロジェクトで、奈良や京都で行っているのと同じ事を被災地のフィールドでも行ってみよう、という話になり、2011年3月以降初めて、東北の被災地を訪れることになりました。研究プロジェクトではフィールドワークを行いますが、夕方以降の時間は現地の高校を訪れて授業をしたりピアノを弾いたり、あるいは先生方に忌憚のないご意見を伺ったり、せっかくの大切な機会ですので、出来るだけ有意義に時間を使おうと思いました。

 福島には日本全体が誇るべきお祭りや儀礼、すばらしい音楽や生命力あふれる舞踏などがたくさんあります。「相馬、双葉」の相双地区の有名な「野馬追」などを筆頭に、日本の至宝というべき伝統と思います。そうした伝統が、津波で根こそぎ押し流されてしまった。さらに追い討ちをかけるように発生した原発事故と放射能汚染。大熊、双葉、浪江など原発至近の地域は無人の街となりましたが、そこにも何十、何百年と積み重ねられてきた人々の暮らしがあり、祭りや歌、笛や踊りなどの伝統があります。

 地域に深く根ざした「創造的復興」を考える上で、僕は僕の持分で役に立つ仕事がしたいと思います。そこで、駄目もとで相談してみたところ、幸運にも許可が下りたのです。あれから1年たった20キロ圏内の現在の姿をつぶさに見てきました。ご報告したいと思います。

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