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第18話「他にもいろいろ先代からは引き継いでいらっしゃるのでしょう?」

2012年6月18日(月)

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 「お久しぶりでございます」

 片岡慶子は椅子から立ち上がると、上半身をふわりと優雅に折り曲げて、丁寧なあいさつをした。青みがかった薄い緑色の、透きとおるような生地でできた丈の長いジャケットが、ボタンがないせいでゆらゆらと揺れる。

 160センチ足らず、年齢相応に肉が付いている。白い、細長い顔に一重まぶたで切れ長の目。その上に、鮮やかに細い眉が引かれている。豊麗線(ほうれいせん)は未だ目につくほどではない。

 「やあ、矢野君」
 あの男が右手をあげて、あいさつを返した。

 「君、ちっとも変わらないな。昔のまんま、だ、な。婦人服二課のマドンナ、ヤノケイコ、だ」
 「いやですわ、係長さん、あらごめんなさい、社長さん。オバさんをからかったりして。」

 「いや、からかっちゃいないさ。僕は正直だからね。何でも見たとおりを口に出す。
 見えても、口にしちゃマズイことは言わない。だから、僕は嘘をつく必要がない。
 それにしても、オバさんだなんて、どうして女性は自分のことをそんな風に言わずにおれないのかな」
 「でも、係長、あらごめんなさい、社長さん。私、もう50になりました」

 「ふーん、そうか。
 えーと、僕は…あれ、いくつだったかな、忘れちゃったぞ。
 それにしても、女性ってのは、若くて美しかったときの自分以外は自分のような気がしないってことなのかな。それで、オバさん、て」

 あの男の視線が、片岡慶子の顔から離れない。いつもあの男はそうなのだ。日本人は、あの男のように相手の顔をまじまじと見つめたりはしない。だが、あの男は気にもとめない。もちろん、相手次第、場所次第ということではある。

 Fという料理屋は、紀尾井町の弁慶橋と上智大学の間にある。いかにも格式が高いといった和風のしつらえなのだが、そこに一室だけ、隣の畳の部屋のための待合室のようになった古い洋式の部屋がある。

 あの男が、片岡の妻との話の場に選んだのが、その部屋だった。お女将に特別に頼み込んで、昼ご飯の時間の過ぎた、一種昼下がりといったころあいの時刻をあの男は指定したのだ。

 20人ほどが入る部屋に、3つほど低いテーブルが並んでいて、それぞれに二つずつ大きな椅子が置かれている。
 部屋に入って右手が外に向かって開けていて、時代がかった、小さく区分けされたガラス窓に、さざ波のような表面をした板ガラスがはまっている。その向こう側には、刈り込まれた低い植え込みがのぞいていた。

 あの男は、片岡慶子が立ったままでいるテーブルの向かいの椅子に腰をおろすと、微笑を浮かべて見せた。

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