• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

自分が最も成長した「37歳」に戻ったと暗示をかけ1万3000キロを貫走

第18回・71歳でパリ~北京~東京のマラソンを走り抜いた羽鳥兼市氏インタビュー

  • 大角 理佳

バックナンバー

2012年9月10日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 約1年かけてユーラシア大陸を走り抜け、東京にゴールしたガリバーインターナショナル会長・羽鳥兼市氏。1万3000キロメートルを走り抜けたことから、経営者として、1人のビジネスパーソンとして何を得たのか。また、トップが長期間不在であったことで会社はどう変わったのか。ゴールから1カ月を経て今の心境と、今回の挑戦の意味について、東京・丸の内のガリバー本社で聞いた(聞き手は、伊藤暢人)。

当初の予定通り、ほぼ1年でゴールされました。

羽鳥:最初は10カ月ほどでゴールできると思っていたんですよ。実は、出発前は1日に50キロ走る計算をしていました。でも実際に50キロ走ることができたのは1回くらいしかなかった(笑)。走ろうと思えば走れない距離ではないんですが、その後何千キロも、しかも毎日走っていくのだから、慎重にいくことにしました。1日43キロ――、実は7年前にアメリカを3カ月かけて横断したときも、1日に走る距離は43キロでした。どうやら、超長距離を走るのであれば、これが自分達にとってはベストな距離のようなんですよ。

ガリバーインターナショナル会長・羽鳥兼市氏

 また、休みはなしで行こうと考えていたんですが、やはり休みを入れないと無理でした。(今回ともに走った執行役員の)須釜武伸君も私もアメリカ横断の経験があるので、体調的には自信がありました。もう1人一緒に走ったうちの3男の彰人はまだ若いし、フルマラソンの経験もなかったから特に大変だったんですね。

 出発前に、彼には「これは命をかけた勝負になる」という話をしておきました。本人も覚悟はあったと思うんですけど、どうしても、自分に甘えが出てしまう。これは強引にやってもダメだ、ゴールすることが大事なんだから、休みを取り入れようということになって、だいたい週に1度のペースで休みを入れることにしました。ランナーだけじゃなくて、サポートチームのメンバーは隊長の添田進二君をはじめとして、まったく休みなく動いてくれていました。このままではゴールまで続かないと判断しました。

どのような走り方をしていたのですか。

羽鳥:走っている時はほとんど会話はなかったですね。その余裕がないんです。毎日、スタート直後の最初の1キロくらいはまず歩きます。それから500メートルを走る。また200メートル歩いて500メートル走って、200メートル歩いて500メートル走って。そのあと、1キロ、2キロと走る距離を伸ばしていくんです。ウォーミングアップをしながら距離を稼ぐわけです。

 本当の意味のマラソンではないかもしれないですが、ユーラシア大陸横断が目標の我々にとっては、理想の走り方だったのでしょう。「もう走れない」というところまで追い込むと、我々素人の場合は快復に時間が掛かってしまいますから。

中国では国旗を盗まれて

出発前は、中国とカザフスタンの間にある天山山脈がいちばん難関だろうとおっしゃっていましたが、実際はいかがでしたか?

羽鳥:体力的に最もつらかったのは、トルコですね。海岸沿いだけが少し平らで、あとは上ったり下ったり。あそこで頂点かな、と思ってがんばって走ると、またグーッと上って、「だまし絵だ」と文句を言いながら走っていました。

 精神的に大変だったのは、中国ですね。距離がトルコの2倍くらいあって、3900キロ。3月に入国すると、中華料理がうれしくてみんなたくさん食べたものの、すぐに食べ物や水でお腹を壊してしまいました。そういう状態で、毎日変わらない景色を走ることは大変でした。

 中国に入るまでは、どの国の人たちも、日本のことをすごく応援してくれました。サポートカーの「ガリバー号」に掲げた、東日本大震災での支援へのお礼を書いた垂れ幕を見て、「日本は戦争でも焼け野原になったのに、世界の経済大国になったのだから大丈夫だ」と激励してくれる人がいました。片田舎を走っていても、みんな日本のことを知っているんです。ビックリしました。ありがたかったです。

 ところが、どうやら中国では反日運動が活発になり始めていました。ホテルでテレビをつけると、日中戦争の様子を報じる番組とか、日本軍が中国人に斬りつけたりするドラマを流している。実は、中国に入ってすぐガリバー号に張ってあった日の丸を盗まれました。でも、我々は「日の丸を好きな人が持って行ったんだろう」と気楽に考えて張り直したら、今度はそれに墨をかけられた。

 中国で危害を加えられたとしても、本当はこれまで通り、日の丸を掲げて走りたかったんです。しかし、それで何かあったらいろいろな方に迷惑をかけてしまうので、それからは中国の国旗だけ掲げることにしたんです。初めてクルマから日の丸を外したのが中国でした。悲しいと言えば悲しいですが、完走するためには仕方がなかった。

コメント0

「ユーラシア貫走録(進行中)」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

社長に就任してずっと言っているのが ファンダメンタルズの強化。

安形 哲夫 ジェイテクト社長