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裏づけのない維新なんてありえない

歴史に学んで変化の風を読む(1)

2012年9月27日(木)

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 いろいろなメディアで「維新」とか「乱世」といった文字を見ることがあります。その度に思うんですが、例えば明治維新の最中、志士たちは決して「維新」なんて旗印は掲げてないわけですよね。看板先行はご愛嬌として、果たしてどれくらい中身があるのか、それだけがもっぱら問われると思いますが、どんなものなのかな・・・と思わざるを得ません。

 「明治維新」という言葉も、また今日私たちがその事実経過として知らされる歴史も、言ってみれば終わった後に記され、整理されたストーリーであって、実際にはそんなにきれいな経緯だけで歴史が動いたわけではない。

 「勝てば官軍」とか「錦の御旗」なんて、いまもそのとおりの意味で使われるとおり、勝者の歴史として記されたものが、私たちが本で読む大半で、現実の幕末―新政府草創期の動乱は、よしあしとは別に、もっとダイレクトな力と力のぶつかり合いで、そこで圧倒的な差をつけて白黒がついたとき、人はあとからそれを「歴史が動いた」なんていう。

 でも、その後からの絵図をもとに、別の演出など試みても、そんなことでは歴史なぞ、決して動くことはない。

 むろん、兆候、というのはあります。例えば幕末期、十二分に飽和してどうしようもなくなっていた社会には「ええじゃないか」など鬱屈する無定形のパワーが爆発する現象などもあった。でもそれだけでは本当に社会が動くということにはならない。

 明治の「ご一新」は

『ざんぎりあたまを叩いてみれば 文明開化の音がする』

なんていわれるように、圧倒的な「欧化」という背景が存在した。もっといえば、その力が敵を相手にもしないほどのパワーでなぎ倒すことで統治のレジームが変わった。そういうダイナミズムをきちんと見てゆかねばならん、と思うわけです。

一つのプロトタイプ:古代政変

 例えば「大化の改新」として教えられるクーデターがありますよね。

 これ、典型的な勝者の歴史として書かれていると思うわけです。勝ったほうは中大兄皇子とか大海人皇子とかいわれる人たち、負けたほうは蘇我「蝦夷」とか、いまや正確な名前すら伝わっていない。

 でもこれ、その実は内紛以外の何者でもありません。ここでぶつかり合った「力と力」の実質的な背景とはなんだったのか?

 詳細はおくとして、アウトラインを考えれば、それは隋唐、そして朝鮮半島からもたらされる先端的な文物、生産技術そしてなにより軍事の(文字通りの)「力」を背景としていた。間違いのないところだと思います。

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夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

後藤 忠治 セントラルスポーツ会長