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第22話「僕はそのことに嫉妬する。いやになるほどに嫉妬している」

2012年10月22日(月)

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 「満田さん、すごい顔して私の前を通りすぎていったわ。なんだか可哀そうみたい」

 古堂房恵が、ハーブ・ティーをカップに注ぎながら、あの男に聞かせるともなく、つぶやいた。あの男のほうにそっと押しやったジノリのカップには、紫色のプルーンが二つ、サクランボのように双子の形につながって描かれている。

 夜の門前仲町には、もう秋の気配が満ちていた。開け放った窓からは、遠くから、近くから、虫の音がしのびこんでくる。房恵は、首まである、オレンジがかったレンガ色の薄手のセーターを着ていた。あの男は、ざっくりとした網目の、生成りのコーマ綿のカーディガンをはおっている。どちらも、夏の終わりに二人で銀座に出かけたおりに買ったのだ。暑い暑い夏の夕刻だった。あの時には、こんなもの買っても着る時なんて永遠に来ないかもね、と言葉を交わし合ったものだった。

 「房恵、あのシュークリームの美味しい店、また二人で行ってみたいなあ。
 なんていったっけ、あそこ、名前。
 確かフランスのお酒の名前だったじゃないか。なんか、シャンペンかなにかからとったような。シャンペンじゃなくてブランデーだっけか?」

 あの男は、房恵の言ったことにはなにひとつ注意を払っていない。
 そのくせ、房恵の顔に店名が書かれでもいるかのように、顔を見つめたまましゃべりつづける。

 「ほら、とっても大きなイチゴを使った、一種デフォルメしたみたいなシュークリームを出す店だよ。
 うん、えーと、ほら、ナポレオンじゃなくって、ほら。
 クルバジェ? いや、そいつはむかし広尾にあった店の名前だ」

 房恵は、こっそりと小さなため息をもらすと、微笑みを浮かべてから、
 「ドン・ペリニヨンて言いたいんでしょ。
 シャンパンの。
 でも、シュークリームじゃなくってショートケーキ」
 と答える。

 「なにがシュークリームか、その時、その場で、僕が勝手に定義するのさ。
 今の僕にとっては、シュークリームという言葉は、ショートケーキをも含んだ意味だってこと。
 だって、現に君、僕の言った意味わかったじゃないか」

 あの男は、頭ごなしにそう言ってから、
 「とにかく、そのドンペリ。そうだ、ブランデーじゃなくってシャンペンだったんだ、やっぱりな。
 あそこの生クリームが食べたい。
 ふっくらと、どうやってつくるのか、最も適当な量の空気と生クリームを絶妙に混ぜ合わせてある。イチゴといっしょに生クリームを口に入れると、イチゴのほんの少し酸っぱい味と生クリームの柔らかくてふんわりとした甘さが口のなかで交じり合って、数秒間の天国状態が脳の全体に溢れ、沁みわたる。
 で、もう一口、もう一口、ってわけだ」

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