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今こそ考えるべき日韓中・東京オリンピック・ヴィジョン

小さな右傾化を廃しグローバルな合作展望を!

2012年11月27日(火)

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 今回は、1930年代のドイツを挙げるところから、新しい話を始めてみましょう。

実は合理的だったナチス時代の個別政策

 金融恐慌で国際経済が危機に瀕した1920年代末から30年代初めにかけて、ドイツでは急速に世論が右傾化します。背後には第一次世界大戦後のゴタゴタの中で起きたロシア革命への恐怖があり、とりわけ財界はドイツの共産化を警戒していました。この結果、右派勢力として大きく支持を伸ばしたのが「国家社会主義ドイツ労働者党」(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)でした。1932年の大統領選挙に出馬した党首のアドルフ・ヒトラーは、現職のヒンデンブルク大統領に肉薄する投票数で、共産党候補のエルンスト・テールマンに大きく差をつける次点となり、続投のヒンデンブルク大統領の下で1933年1月ヒトラー内閣を組閣、ついで34年にヒンデンブルクが病没すると「全権委任法」を成立させ「国家総統」に就任、独裁の体制を確立します。

 ナチス・ドイツという政治体制の名を出すと、ユダヤ人への絶滅政策などのイメージから、あれこれ考える以前にアレルギー的な反応を示される方がありますが、それは却って危険であるように思います。

 この当時のドイツの国家体制のもっとも良くなかった点は、ヒトラー一人しかドイツ全体を見渡すことができないようなシステムになっていたこと、だったとしばしば指摘されます。そんな中で、権力の集中と腐敗を背景に、さまざまな犯罪的行為が進行したのも間違いありません。

 しかし同時に、とりわけ1930年代中盤のナチスの内政は、各行政セクションが徹底して合理的な政策を展開し、大きな成功を収めたのも事実で、それらの多くは1945年以降、各国が踏襲、採用する施策となっています。各国というより、なによりも戦後日本の復興は非常に多くをナチスの政策をモデルとして推し進められています。

戦後日本と西ドイツ、高度成長の雛形

 こんな風に書くだけだと、多くの場合「とんでもない」的なリアクションを頂きますが、まあ待ってください。

 1930年代ナチスの政策は、端的に言えば「公共事業立国」というべきものです。無料高速道路アウトバーンの建設をはじめとする大型事業の展開、これらの財源確保のため「源泉徴収」という税制の考え方も創案、導入し効果を上げました。人類史上始めてナチス・ブレーンが創案した政策には、戦後多くの国家が模倣・採用したものが少なくありません。

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