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スポーツ・芸術から考える東アジア国際コラボレーション

グローバル競争を生き残るための前提条件

2012年11月30日(金)

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 私が「日韓中合作」といった話をすると、匿名コメント欄などで「そんな事出来るわけがない」といったリアクションを貰うことがあります。対面でお話しする場では、そういうコメントはあまりないのですが、まれにあると、スポーツの例を出すようにしています。意味合いは違いますが、私が子供のころのプロ野球は、まさにそれを地でゆくもの、と見えました。

V9時代の読売ジャイアンツ

 このごろはあまり通じない言葉かもしれませんがジャイアンツV9という時代がありました。

 1965(昭和40)年から73(同48)年まで、川上哲治監督率いる読売巨人軍が連続してプロ野球の日本シリーズを征した「9連勝」の時代です。この65年というのは、実は私が生まれた年、73年は小学校3年で、要するにこの時代に物心がついたというわけです。

 ちなみにこの時代、大相撲は横綱大鵬が君臨し、子供に好まれる無敵アイテム?として「巨人・大鵬・卵焼き」などといわれたりしたものでしたが、最近の若い人にはこんな話、通じるでしょうか。少なくとも「卵焼き」では、子供は懐柔できそうにありません(苦笑)。

 ともあれ子供のころの私は読売ジャイアンツを無敵の野球チームと思って育ったわけですが、この時期の巨人はもうひとつON砲と呼ばれる必殺のラインナップがありました。ちょっと前にこの話をしたとき、若いスタッフに「オン、ですか?」と言われ、時が過ぎたのを感じましたが、「ON」は「オーエヌ」と読ませ、日本の誇る王貞治・長嶋茂雄の両ホームランバッターを総称して呼んだものです。

 いまここでプロ野球の中の話をしようというのではないのですが、ここでいま敢えて「日本の誇る」と記して、長嶋と並ぶ本塁打者、王貞治の名を挙げてみました。国民栄誉賞ほか多くの褒章に輝き、東京、福岡、宮崎などの名誉住民でもありますが、1940年東京都生まれの王監督の国籍は、父親が中国から来日したことから必然的に当時の中国、つまり中華民国籍になっています。現在の台湾に他なりません。つまり、私が幼年時代最初に知った「無敵の野球チーム」は「長嶋+王」ONという「日中合作」に他なりませんでした。

 さて、1974(昭和49)年「巨人軍は永遠に不滅です」の名せりふとともに長嶋選手が引退し、直後に巨人の監督に就任、二本立てだった「ON」砲は王一本になって臨んだ翌1975年は、米国大リーグから助っ人ジョンソンを招くなどしたものの、長嶋采配は振るわず巨人球団創設以来初の最下位に転落してしまいます。そこで臨んだ76年、巨人はパリーグの日本ハムから、当時「安打製造機」と呼ばれていた張本勲選手をトレード入団させ、前年と打って変わってリーグ優勝を果たします。

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