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第24話「どうしてこうなってしまったのか。自分が間違いを犯したのか」

2013年1月28日(月)

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 社長室に朝の光が、低く、長く、差し込んでいた。

 「社長、おはようございます」

 「おはよう」

 いつもの朝のやりとりだった。この朝にも、同じことが繰り返された。まず古堂房恵があいさつをして、あの男が答える。

 あの男が会社にやってくると、誰よりも先に、古堂房恵が熱いコーヒーをささげもって社長室に入るのだ。他の秘書は誰一人、古堂房恵が休みをとった日の朝でもなければ、この役を務めることはない。あの男は、自分の机の前に座って書類を読みながら、一瞬だけ目を上げ、古堂房恵を見る。だが、すぐに紙に戻す。

 10年間、少しも変わらない。

 (ところで、いつ奈良へ行くの?)

 あの男の口からは、あのことをたずねる言葉は出ない。

 むっつりと押し黙って、卓上におかれた香蘭社のコーヒーカップを右手親指と人さし指だけでつまみあげると、ゆっくりと口に運ぶ。カップの表面では、真っ白な地にピンクのカトレアの花びらが何枚も大きく開いている。いまにも動き出して、なにもかもそのなかに包み込んでしまいそうだ。

 「ああ、美味しい」

 感に堪えないように大きく息を吸い込むと、カップから唇を離す。誰に聞かせるともない、そっと自分の頭の内側にむかってささやきかけるような声だ。

 「今朝のコーヒーは格別に美味しいんだ。
 どうしてだろう?」

 今度は、目の前の古堂房恵に問いかける。部屋のなかには、机のこちらとあちらと、2人しかいない。

 「別に、とくにわけなんてございません。いつもと同じです」

 後ろに下がりかけていた房恵が、小さくて薄い朱塗りの盆を縦にかかえこんだまま、ほんの少しだけ振り返って答えると、そのままドアのほうへ歩いてゆく。

 あの男は、もう一度、コーヒーカップに手を伸ばす。口元に運びながら、

 「あれ、その淡いブルーのスーツは、どのブランドだっけ? 記憶にあるぞ」
 と問いかけた。だが、あの男の声が届かなかったのか、房恵は背を向けたままドアを開け、振りむくと目もあげず、一礼して出ていってしまった。

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三品 和広 神戸大学教授