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「体罰も“愛のムチ”なら許される!」 そう考える人がはびこる恐怖

「強い言葉による指導」の前にあるべき「対話」

2013年2月5日(火)

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 今回は「心理的抑圧と愛のムチ」について、考えてみようと思う。

 「死ね!」「学校に来るな!」と生徒から暴言を受けていた教師が自殺し、「2軍でもいいんやな?」と監督から言われた生徒は、翌日命を絶った。

 そして今度は、「『五輪に行けなくなる』『切り捨てられる』と、みんな泣き寝入りしていた」と過剰な暴力と暴言に耐えていたとして、女子柔道の選手たちが告発をしていたことが明らかになり、柔道女子代表の園田隆二監督が辞任した。

 いじめ、体罰、パワーハラスメント……。耳をふさぎたくなるような事件の数々。そして、それを“隠蔽”したと受け取られても仕方のない対応を取った、お偉い方たちが君臨する数々の組織。

 いろいろなところで、様々な人たちが「体罰」について意見を言っているので、私が今さら書くことはないと思っていた。でも、やっぱり書くことにしました。

新聞の記事で感じた恐怖

 理由は、朝日新聞の記事で報じられた内容。これを見た途端、一抹の怖さを感じた。

 「これじゃ、教育やスポーツ現場の体罰がなくならないばかりか、会社のパワハラもなくなるわけがない」――。残念だけれども、そう感じてしまったのだ。

 以下は、その朝日新聞の記事(1月30日付け朝刊)の抜粋である。

体罰もいじめに異論―自民防止法案、党内や教師ら

 自民党がまとめた「いじめ防止対策基本法案」の原案をめぐり、党内や学校現場から異論が噴出。「いじめの定義」に教師の体罰も含めることに「待った」がかかった。

 党文部科学部会で示された原案では、いじめを「一定の人的関係にある者が行う心理的または物理的な攻撃で(被害児童が)心身の苦痛を感じているもの」と定義し、体罰も法案の対象と解釈できるようにした。

 これに対し、元高校教諭で自民党の義家弘介文科政務官は部会の席上、「児童間のトラブル(によるいじめ)と教師と生徒の関係(で起きる体罰)は次元が違う」と指摘。部会終了後には、記者団に「部活の試合中に熱くなり、『いい加減にしろ』などと乱暴な発言をすることは当然ある。これもダメなら、どう指導すればいいのか」と異論を唱えた。

(中略)

 定義では、強い言葉による指導も「いじめ」とされる可能性があり、教員の間にも波紋が広がっている。

 神奈川県立高のサッカー部顧問(39)は「生徒にはっぱをかけようと『バカヤロウ』『お前なんか、やめちまえ』などと言う。これ、いじめですかね」。千葉県立高のバスケットボール部顧問(44)は「言葉のとらえ方や練習の強度の感じ方は人それぞれ。どこまでが許されるのか」と戸惑う。

(中略)

 東京学芸大の小林正幸教授(教育臨床心理学)は「同じ立場にある子ども同士で生じるのがいじめ。教員の体罰は、もともと強い立場にある者が教育的な目的をはき違えて行う行為で、むしろ虐待に近い」と指摘。「児童虐待防止法の中で対処する方がいい」と話している。

コメント93件コメント/レビュー

僕は今29歳ですが、まだまだ当たり前に「体罰」が行われていた世代だと思います。中学野球部時代、監督は実に軽い気持ちでケツバットをしていました。理由なんて「声が小さい」でも「気合いが入ってない」でも何でも良かったんだと思います。巨人の星を美談に感じる日本人には、スポーツの熱血指導→体罰に耐える根性を身に付けさせる事、という単純な方程式が成り立つのでしょう。もちろんそれで根性が着いたとも能力が上がったとも思えない以上、私に馴染まない方法だっとことは間違いありません。そういう意味でスポーツ強化における根性論的な体罰は無くすべき対象だと感じています。翻って学校生活において。件の監督(=先生)におもいっきり平手打ちされたことがあります。それこそ暴行罪で訴えても問題ないほどに。ただ全く理不尽さを感じなかったのは僕が万引きしていたから、そしてその先生は涙ぐみながらに僕をひっぱたいたからです。状況次第、人間関係次第、更に言えば個人の受け取り方次第です。ただ「愛のムチ」を全否定する気になれないのは16年も前の出来事が少なからず人格形成に役立ったからに他なりません。多少話は飛躍しますが今の風潮だとスクールウォーズの世界ってやはり受け付けないんでしょうか。。。?完全にアウトのラインを越えてますよね??(2013/02/12)

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「「体罰も“愛のムチ”なら許される!」 そう考える人がはびこる恐怖」の著者

河合 薫

河合 薫(かわい・かおる)

健康社会学者(Ph.D.)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

僕は今29歳ですが、まだまだ当たり前に「体罰」が行われていた世代だと思います。中学野球部時代、監督は実に軽い気持ちでケツバットをしていました。理由なんて「声が小さい」でも「気合いが入ってない」でも何でも良かったんだと思います。巨人の星を美談に感じる日本人には、スポーツの熱血指導→体罰に耐える根性を身に付けさせる事、という単純な方程式が成り立つのでしょう。もちろんそれで根性が着いたとも能力が上がったとも思えない以上、私に馴染まない方法だっとことは間違いありません。そういう意味でスポーツ強化における根性論的な体罰は無くすべき対象だと感じています。翻って学校生活において。件の監督(=先生)におもいっきり平手打ちされたことがあります。それこそ暴行罪で訴えても問題ないほどに。ただ全く理不尽さを感じなかったのは僕が万引きしていたから、そしてその先生は涙ぐみながらに僕をひっぱたいたからです。状況次第、人間関係次第、更に言えば個人の受け取り方次第です。ただ「愛のムチ」を全否定する気になれないのは16年も前の出来事が少なからず人格形成に役立ったからに他なりません。多少話は飛躍しますが今の風潮だとスクールウォーズの世界ってやはり受け付けないんでしょうか。。。?完全にアウトのラインを越えてますよね??(2013/02/12)

 オリンピックの獲得メダル数が、人口の割には最近少ないと感じていました。身体能力が高い部類とは言えないこともあるが、最高の水準の指導が行われていないこともありそうですね。体罰問題からそう感じました。●基本的に体罰もコミュニケーションの一種です。当事者、状況、時代で最適なものは変わります。その変化に追いついていないというのが問題です。●そこで、これを契機に抜本的な改革策を導入すべきです。ゼロPPMを目指すQC手法が参考になります。?緊急(短期)策:例えば、発覚した所は組織全体を入れ替える。橋下市長はその様な趣旨の様です。?長期策:例えば、指導者教育方法の研究とそれに基づく教育実施。?体罰検出方法の確立・実施。定期的にメンバーにアンケートを行い、結果を第3者委員会などで評価し対策を打つ。見ていると検出方法として一番効果的に見えます。どのレベルまで対策するか悩むでしょうが、それ自体も意味があるはずです。●ある期間、メダルが減っても許容しましょう。(2013/02/10)

いつもながら問題の立て方が強引というか安易というか・・・。体罰がどうの対話がどうのこうのという以前に考えるべきことがあるでしょうに。この件、橋下氏が「しつけや教育の場における体罰とスポーツ指導の場での体罰とを同次元で語ることはできない」と発言したことが完全に無視されているのが不思議でなりません。例えば、自分の子が集団でいじめをしたとか、恐喝をした、もしくは暴力行為に及んだという時に冷静な言葉で「ダメよ」と言える親は愛にあふれているのかないのか?この問いに簡単に答えを出してしまう人を私は信用しません。とうてい「体罰はいけない」もしくは「しつけのためには体罰もやむをえない」という二元論では語りつくせない問題が詰まっているからです。しかしながら今回の事件はスポーツ指導の場で起きたことであって、子どものしつけや成長とはなんら関係のない次元での暴力行為でありパワハラでしかありません。試合でエラーをしたからとか負けたからという理由で暴力行為を働くことは刑法に違反する犯罪行為であるということを教えるのが教師の役割であり学校の存在意義だということが、すっかり忘れ去られているのが不思議でなりません。ただし、「ヤル気がないら辞めてしまえ」は「あり」だと思っています。ついていけないなら辞めればいいのです。たかがスポーツですから。とは言え、たかがスポーツであっても何かを極めるためにはそれなりの努力が必要です。ついていくことが出来ないほどの努力を要求されるのであれば、辞めることも考えるべきだろうと思います。そこでできなければ他の場所に移るというのも選択肢です。たかがスポーツなのですから。そういう柔軟な選択肢がないことが、スポーツの場における体罰は是か非かというつまらない議論を巻き起こす一因になっていることを忘れてはなりません。(2013/02/09)

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三品 和広 神戸大学教授