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死んだ家族が、“戻れない”マンションができるわけ

養老孟司×隈研吾 日本人はどう死ぬべきか? 第3回

2014年12月19日(金)

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(前回から読む
自宅で葬式をしなくなった日本人。葬儀場のショッピングモール化。上昇する自殺率と「命は自分のもの」という思い込み。現在の日本で「死」を身近に意識させ、自殺を思いとどまらせる方法はあるのか? 対談第3回です。

昔の日本の家には、お葬式が挙げられるような場所がありました。今では都市圏に限らず、自宅で葬儀をすることがなくなってきました。

養老:とりわけマンションではね。

:その代わりに、葬祭場、いわゆるメモリアルホールがずいぶん増えましたよね。

養老:確か都内では92%の人が病院で死にますから、病院から直行じゃないですかね。

:ご遺体が家に帰ることは、ほぼない。

養老:だって、狭いマンションに持ってこられると迷惑なんですよ。

:前世紀、経済成長時代に建てられたマンションって、死が想定されてないんですよね。

養老:でも、もうすでに起こっているけれど、これからマンションで亡くなる方はいっぱいいるわけだよね。

「死ぬこと」が想定されていない日本の住宅

:死が想定されていないマンションに、死が想定される老人がいっぱいいるんですよ。

養老:でもマンションのエレベーターって、棺桶が横に入るように設計されていないでしょ。棺桶を立てるんだもん。大変ですよ。

:棺桶を立てることって、日本人にとっては、ものすごく許せないことですよね。

養老孟司(ようろう・たけし)
1937年、鎌倉市生まれ。1962年、東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。1995年より同大名誉教授。著書に『からだの見方』(サントリー学芸賞)『人間科学』『唯脳論』『バカの壁』(毎日出版文化賞)『死の壁』『養老孟司の大言論』『身体巡礼』など、隈研吾との共著に『日本人はどう住まうべきか?』がある。(写真:鈴木愛子、以下同)

養老:俺は4階から下ろしたことあるよ。埼玉の病院でね、非常階段を使って。

:解剖医時代ですか。

養老:そう。「病院の正面から出されちゃ困ります」と言われて、じゃあ、どこから出すんだよ、と。「裏に非常階段があります」ということだったので、棺桶をこう横にして、非常階段を下りていくのが大変だった。特に曲がり角が大変なんですよ。

ピアノの引っ越し業者みたいなテクニックが必要になりますね。

養老:まさにそれです。投げるわけにいかないしさ。

 昔、高層団地を作った公団の人に、「棺桶はどうやって運ぶのか」って、聞いたことがありますよ。公団の人は「マンションに住むのは若い夫婦たちで、彼らはいずれ戸建てに引っ越す前提だから、大丈夫なんです」と。よくもそんなでたらめが言えたもんだよね。病院の4階でも苦労したのに、12階から階段を使って下ろすのが、いかに非現実的で大変か。

:今、最新のマンション用エレベーターは、箱の後ろを外して、棺桶が横に入るようになっているんです。

この連載が本になりました。『日本人はどう死ぬべきか?』2014年12月11日発売。解剖学者と建築家の師弟コンビが、ニッポン人の大問題に切り込みます。

養老:そうなんだよね。ちょうど棺桶の大きさに穴が開いている。ただ、東京の昔の団地はそうなっていなかったですよ。

いつからそうなったんですか?

:1980年代ぐらいからじゃないかな。

養老:俺がぎゃあぎゃあ言ったからかもしれないね(笑)。

コメント4件コメント/レビュー

本筋とは全く関係ありませんが、日本でも上水と下水が混ざるという話は聞いたことがあります。1階のテナントが、床下に設置された上水のマンホールを下水と勘違いして、床を洗った水をマンホールを開けて流し込むパターンだそうです。現行の建築スタイルや法整備がどうなっているかは知りませんが、十分あり得る話です。(2014/12/19)

「養老孟司×隈研吾 「ともだおれ」思想が日本を救う」のバックナンバー

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「死んだ家族が、“戻れない”マンションができるわけ」の著者

清野 由美

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト

1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

本筋とは全く関係ありませんが、日本でも上水と下水が混ざるという話は聞いたことがあります。1階のテナントが、床下に設置された上水のマンホールを下水と勘違いして、床を洗った水をマンホールを開けて流し込むパターンだそうです。現行の建築スタイルや法整備がどうなっているかは知りませんが、十分あり得る話です。(2014/12/19)

今年中古ですがマンションを買いました。文字通り終の棲家なのですが、安心したのと同時に最期が気掛かりで、エンディングノートを取り寄せたりバタバタしています。悲観的な事ばかり考えるようになりましたが、養老先生のお話を拝見して、もっと前向きに考えてみようかと思いました。次回も楽しみです。(2014/12/19)

当たり前だが、神が抑えている秩序というのは、神に許されればなんでもやっていいということである。欧米の愚行史がそれを示している。世間が抑える秩序だから暴走するというのは、空が曇っているから今は昼だというのに近い響きがある。曇りのときに昼の場合もあるが、そうでない場合もあるし、逆も成り立たない。さて、それでは神が抑える秩序と世間が抑える秩序はどちらが暴走しやすいだろうか?絶対神とは、煎じ詰めると個人の中にしかいない存在である。よって、神の秩序とは最後は権力者や扇動者の個人的な倫理に立脚した秩序にならざるを得ない。一方、世間が抑える秩序とは合議が抑える秩序である。こちらのほうが関与する人間が多数いる分、暴走する危険は一個人よりも低そうに思える。(三諸)(2014/12/19)

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三品 和広 神戸大学教授