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第2章 イラク原油(1)

2006年5月1日(月)

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 アンマンを早朝に出発した2台のシボレー「サバーバン」は、時速140キロ前後で順調に走り続けていた。

 がっしりした体格の中年ヨルダン人、イブラヒムは前傾姿勢で前方をひたと見据え、ハンドルを操っている。イラクまで1000キロの道のりを1人で運転する「炎のドライバー」である。時おり片手ハンドルになってマルボロをふかしたり、紅茶を飲んだりする。眠気覚ましのようである。

 日本人へのサービスに古い演歌のカセット・テープをかけており、前川清の渋い歌声が車内に流れていた。

 洩れた石油で黒ずんだ片側一車線の道路の両側は、見渡す限りの土漠である。

 土漠は様々な表情を見せる。

 どこまでも真っ平らで茶色の景色が続いていたかと思えば、一面に黒い石が転がっている地獄の河原のような風景が現れたりする。遠くに低い丘が見えることもある。時おり、数十~百戸程の民家からなる集落も現れるが、周囲は見渡す限りの土漠で、どうやって生活の糧を得ているのかと思わせられる。

 (まるで『スター・ウォーズ』の世界だな……)
 金沢明彦は飽かず景色を眺めていた。

 道の右側に一定間隔で高圧鉄塔が建ち並び、遥か彼方まで続いていた。燃料の安いイラクで作られた電気をヨルダン側に運ぶための送電線らしい。

 2台の大型オフロード車の後部には、万一に備えて大きなペットボトルのミネラル・ウォーターがたっぷり積み込んである。これは現代のキャラバンだ。
 時おりイラク側から走ってきた石油のローリーやトラックがすれ違う。車高が高いので少し怖い。

 「『カフィーヤ』を見ると、サウジにいた頃を思い出すなあ」
 1台のトラックがすれ違った時、高塚がいった。

 ローリーやトラックの運転手たちはみな一様に「カフィーヤ」と呼ばれる赤と白の市松模様の布で頭を覆っていた。サウジアラビアでも、人々は「カフィーヤ」を頭に被って丸い輪で固定し、布の端を背中まで垂らしている。

 「アルコバールにいた頃の話なんだけど……」

 サウジアラビア東部の港町だ。近くのダハランにサウジアラムコの本社があり、石油輸送や掘削用パイプの引き合いがしょっちゅうあるので、鋼管輸出部の社員が常駐している。

 「うちの中東支配人がサウジでしょっ引かれたことがあってさ」

 「えっ、どうしてですか?」
 後ろの座席にすわった資材部の若手社員が訊いた。20代後半で、タイヤの海外輸出を担当している。金沢や高塚らのイラク出張の話を聞きつけ、同行を願い出てきた。

 「中東支配人はリヤドに駐在してたんだけど、中東地区の所長会議でバーレーンに行ったんだ」

 金沢と資材部の社員は興味津々。

 「バーレーンは、ホテルの部屋によくコンプリメンタリー(無料サービス)のウィスキーが置いてあるだろ?」

 「そうですね。ジョニ赤が多いですね」

 バーレーンでは酒が飲める。
 「当時のドバイの所長が酒好きだったんで、中東支配人は渡そうと思って自分の書類鞄の中にウィスキーのボトルを入れたんだ。それをすっかり忘れて、サウジに帰ってきたらしい」

 「ありゃー!」

 サウジアラビアは厳格な禁酒国である。

 「税関で検査されて『あっ!』と慌てたけど、時すでに遅し」

 高塚は肩をすくめた。「運が悪いことに、仕事でしょっちゅうサウジとバーレーンを往復してたから常習犯と思われて、有無をいわせず留置場行きだ」

 「サウジの留置場って、すごい所なんでしょ?」

 「うちのイエメン人運転手がパスポート不携帯でぶち込まれて、身請けに行ったことがあるけど、8畳くらいのスペースに30人くらい入ってたよ。クーラーなんか当然ないから、夏場は軽く40度を超えるだろうな」

 金沢と資材部の若手は顔をしかめる。
 「で、中東支配人はどうなったんです?」

 「留置場に入れられる前に、1ヶ所だけ電話してよいといわれたので、リヤド事務所に電話して助けを求めた。ちょうどラマダン(巡礼月)明けの休暇前で、海外旅行に出かけていた人が多かったけど……」

 リヤド事務所が中心になって各方面に連絡したところ、タイヤのビジネスで五井商事が日頃親しくしていたアル・ジョメという豪族グループに連絡がついた。サウジアラビア建国の際に、サウド家に力を貸した有力一族で、リヤドで日本の大手自動車会社の販売代理店などを経営している。一族の総帥(シェイク)は休暇でスイスに滞在中だったが、グループの社員が電話で連絡し、総帥がスイスからサウジアラビアの警察に電話を入れ、中東支配人は無事解放されたという。

 「お礼は何かしたんですか?」

 「三菱電機のオーロラビジョンだよ」
 高塚がにやりと笑った。

 「そりゃ高くつきましたね!」
 3人は愉快そうに笑った。

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「第2章 イラク原油(1)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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