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第2章 イラク原油(2)

2006年5月8日(月)

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 翌朝、目を覚まして部屋のカーテンを開けると、バグダッドの街がパノラマのように見渡せた。色の少ない街である。灰色と、薄茶色と、くすんだ緑色の3色しかない。古びた町である。

 建物が低い。高くても精々10階建て。近代的な高層ビルが林立する他の中東産油諸国の首都に比べ、ずいぶん地味な景観である。遠くに団地や、宇宙ステーションのような形をした灰色の給水塔、モスクのドームなどが見える。地上に生えているナツメヤシの木々が、中近東にいることを思い出させる。

 彼方の稜線の右手4分の1ほどが、オレンジ色の朝日の中に浮かぶ灰色のシルエットになっていた。
 
 朝食は、1階の奥にあるカフェテリアに用意されていた。

イラスト 水気のないキュウリ、乾き始めたトマト、バナナ、グレープフルーツ、オリーブ、チーズ、パン、蜂蜜、卵料理、干からびたハム。油の質が悪く、パンや卵料理はごてっとしている。

 「結構、外人が来てるんだな」

 高塚が、カフェテリアにいる欧米人ビジネスマンたちに視線をやる。五井商事の5人以外に、3組の外国人グループがいた。

 「去年の12月に、『オイル・フォー・フード』で原油の輸出が一部再開されてから、かなり増えました」と金沢。

 「半年間で20億ドルの原油代金のうち、賠償金と国連の経費を差し引いた13億ドルが商売になりますから」

 イラクとの交易は、1990年8月6日に採択された国連安保理決議661号で全面的に禁止されている。唯一の例外が「Oil for Food Programme」で、制裁がイラク国民に余りに激しい疲弊をもたらしているという世界的批判の高まりに呼応して始められた。

 「石油開発の方も、イラクは、フランス、ロシア、中国なんかに利権を与えて、アメリカを牽制しようとしてます」

 「うかうかしてると、やられるな」
高塚はコーヒーのマグカップを手に、厳しい顔つき。

 湾岸紛争以前、日本の対イラク貿易で五井商事は圧倒的な強さを発揮し、「サダムの友人」と揶揄されるほどだった。他社の後塵を浴びるわけにはいかない。
  
 8時過ぎに、金沢、高塚、鋼管輸出部の課長代理、法務部の社員の4人はスーツ姿で、2台のタクシーに分乗した。資材部の若手は別行動だ。

 白とオレンジ色の2色に塗られたタクシーは、大きな「革命記念動植物園」を右手に見ながら、ダマスカス通りを東の方角に走って行く。

 間もなくアーラー橋に差しかかった。薄茶色に濁ったチグリス川は、市内でも500メートルほどの川幅で、ちょっとした海のようだ。

 橋を渡ると、繁華街のアル・ラシード通り。

 バグダッドは、過去15年ぐらいがすっぽり抜け落ちたような街だった。車窓から通りを眺めていると、1980年代前半にタイムスリップしたような錯覚に襲われる。1980年9月から88年8月まで続いたイラン・イラク戦争と、1990年に勃発した湾岸紛争とそれに続く国連制裁で、新しい建物がほとんど建設されていない。

 灰色のコンクリート造りが多く、薄汚れている。交通量はそこそこあるが、車はすべて20年ぐらい前の古い型。あちらこちらがへこみ、錆び、塗装が剥げている。菓子、食料品、衣料品などを売る商店は結構あるが、長いこと手入れされておらず、一様にくたびれている。

 街のいたるところに、サダム・フセインが溢れていた。様々な服装、様々なポーズ、様々な年齢の、絵や写真、銅像である。ビリヤード屋は、ビリヤードをするサダム・フセインの大きな白黒看板を掲げていた。40歳くらいの、まだ贅肉がついていない顔が本人のお気に入りなのか、これが一番多い。

 SCOP(State Company for Oil Projects=イラク石油事業公社)のビルは、ホテルから車で10分余り。チグリス川東岸の防衛省の少し北にあった。高架道路がビルを回り込むように旋回し、回り終えたところで地上に接している。

 ゲートは無骨な鉄格子。銃を下げた兵隊たちは、スーツ姿の4人をすんなり通してくれた。

 受付は、掘っ立て小屋だ。木の床は割れ、天井で錆びたプロペラ型扇風機が熱い空気をかき回していた。五井商事の4人は、政府のイラク再建基金に1人100ディナール(約7円)を強制的に寄付させられ、

 待合所を出ると、ビルの真ん前に、高さ4メートルほどの、黒いサダム・フセイン像があった。ベレー帽をかぶり、軍服を着て、腰には拳銃。右手を高く挙げて群集に呼びかけている。

 4人はその脇を通り、正面入り口からビルに入った。

 「今日は、総裁が直々に出てくるそうですよ。相当気合が入ってますね」
 入ってすぐの待合スペースで、鋼管輸出部の課長代理がいった。

 「サダム・フセインにも、五井商事からファイナンスのオファーが来てると報告が行ってるかもな」

 ハンカチで汗を拭きながら、高塚が笑う。

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「第2章 イラク原油(2)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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