十文字と亀岡が新宿のホテルで密談をした日の晩――
「チャイナ・エイビエーション・オイル(中国航空油料)の益々の発展を祈って」
イタリア製のグリーンの半袖シャツ姿の秋月修二がシャンペングラスを掲げた。
ゴールドスミス・ブラザーズの同僚や中国航空油料のトレーダーたちが、ワインやシャンペングラスを掲げる。
「サンキュー。サンキュー、エブリバディ」
ラコステのポロシャツ姿のチェン・ジウリンが、やや上気した顔でグラスを掲げた。禿げ上がった額に太目の身体。中国航空油料の37歳のCEOである。
目の前のプールは青々とした水を湛え、水中からの照明で青い宝石のように輝いている。プールサイドでは、シンガポール人のメイドたちが、バーベキューの準備を始めたところ。
陽はかなり傾いたが、赤道直下のシンガポールの気温はまだ27~28度ある。風がようやく涼しくなってきたところだ。
「チェン、今日は来てくれて有難う。みんなも喜んでるよ」
秋月がジウリンにファーストネームで呼びかけた。
「こちらこそ光栄だ。……それにしてもあんたの家は、驚くべき豪邸だな」
秋月の自宅は、シンガポール中心部を東西に走るオーチャード・ロードから歩いて数分の場所にある。都心とは思えない静かな場所で、塀の向こうに椰子の木やシャングリラ・ホテルの大きな建物が見える。
「ゴールドスミス・ブラザーズっていうのは、そんなに給料がいいのか?」
「まあ、100万ドル、200万ドルの年棒は当たり前だね」
それを聞いてジウリンは嘆息した。自分が中国で得ていた年収は4万6000元(約64万円)である。
「あなたの会社も実績主義なんだろ?」
「ああ……まあそうだな」
ジウリンの返事は歯切れが悪い。現地採用のトレーダーなどは、欧米型の実績主義の年俸制だが、ジウリン自身の給与は親会社の手前もあってそれほど高くない。
「今年は目標を達成したわけだし、CEOのあなたの給料も実績に応じてどんどん上げるべきじゃないか」
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