とある平日の夜、東京で働く外国人が溜まり場としている西麻布のレストランにて。投資銀行やヘッジファンドで働く友人らと、入り口近くにあるシガーバーで1杯やっていると、同席していた米国人ファンドマネジャーが、日本語を教えてくれと言ってきた。
独身の外国人男性に日本語を教える場合、「カワイイネ」「テレフォンナンバー、ヨロシク」あたりを定番会話集としているのだが、相手が28歳にして日本株に500億円以上の投資をしているツワモノだけに、仕事に使えそうなより「実践的」な日本語を教えることにした。
「『ハイトウ、オネガイシマース』で、どう?」 「いや、『リエキセイチョウ、オネガイシマース』の方が、きついだろう」 「『ジョーホーシューセイ、オネガイシマス』なんていうのは?」
悪ノリして次から次へとアイデアを出していると、仲間の女性が言う。
「うちのボスは日本語が得意だけど、訪問して日本人のおじさん経営者にいつも言うのは、『ヨコバイデスカ?』なの。これって、外人株主から片言の日本語で言われると、かなり嫌だよね」
日本では一頃のブームは去ったように見えるかもしれないが、アクティビストと呼ばれるような株主は相変わらず健在で、日本企業の門を叩いてるのだ。
2人の投資家の退出
今年6月、ここ数年間、その投資活動を通じて資本市場を騒がせ、新しい株主資本主義の議論を起こすきっかけとなった2人の投資家が、市場から退出した。1人は、最後まで声高にその主張を訴え、マスコミのフラッシュライトに囲まれながら引退を宣言した。もう1人は、最後まで一般の前には姿を現すことなく、それまでベースとしてきたファンドを去った。
前者は村上ファンドの村上世彰氏、後者はスティール・パートナーズの日本代表を務めた黒田賢三氏だ。村上氏の評価は様々あろうが、2人の個性的な投資家の存在なしには、ファイナンスの専門用語が一般名詞になるようなことはあり得なかった。
村上ファンドは2000年に昭栄に対しTOB(株式公開買い付け)を仕掛け、そして2002年には東京スタイルにプロクシーファイト(委任状争い)を起こしたことで、「株主主権」「資本効率」といった概念が初めて世の中に広がった。この概念は、2004年にスティール・パートナーズがユシロ化学そしてソトーへTOBを起こし、そして2005年の村上ファンドによる阪神電気鉄道に対する買収騒動と続くことで、我が国の資本市場にも「常識」として定着した。
遊休資産の売却や、余剰キャッシュを用いた自社株買い、配当の増加が進んだ結果、現金や不動産が時価総額と比して過多である企業を対象にした明らかなアービトラージ(裁定取引)の機会も減り、株価のバリュエーションも国際的な水準に(一度は)収斂した。長らく続く超低金利政策下で、余剰資金が企業セクターにもだぶついていた我が国において、資金が投資家に還流され、より魅力的な投資対象へ再投資される流れを作ったことは、マクロ的にみても好ましいことである。
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